羯南の写真というと、一番有名なのは和服に威儀を正し、口鬚をたくわえた中年の写真になると思う。
その眼光はするどく、彼の新聞人としての迫力を感じさせる一枚である。
有山先生の評伝や、青森近代文学館の昨年の展覧会のパンフレットは他にも多くの写真が掲載されている。
見ていて印象的なのは、若き日の羯南、司法省学校時代に写したと思われる写真である。
学友の加藤拓川、国分青厓と写っている写真、またそれに福本日南がはいっている別の写真もある。
たぶん同じ写真館で写したと思われるのだが、皆若く、生気にあふれている。
レンズをにらみつけるような眼光の鋭さは、その後の未来をうつしだしているかのようだ。
時間がたつにつれ、身なりがよくなっていくのは皆同じなのだろうが、和服、洋服いずれも隆とした出で立ちで、明治の漢のセンスの良さも感じる。
ところが、ひょんなところで、何と、中国服姿の羯南の写真を見てしまった。
たかぎ