先日、<切手と文学>というブログに羯南の年賀状を掲載されていらっしゃる方のことを書いたが、ご本人の御好意でお会いして実物を拝見する機会をいただいた。
http://ikezawa.at.webry.info/201002/article_1.html
実物はやはり重みがあり、時代が感じられ、久しぶりの羯南の新資料に感慨が深かった。
興味深かったのは、宛名のところにある、墨のしみ、とのこと。
ひょっとすると、羯南の指紋かもしれません、というお話にウーンとうなってしまった。
編集を担当させて頂いた<東亜同文会報告>に羯南の講演録を見つけた時、思わず羯南の肉声を聞いたかのような錯覚に陥ったが、この指紋には、羯南の指に触れたかのような感触を感じてしまった。
このお話は、雑誌<郵趣>の2012年3月号の著名人の手紙という連載にも取り上げられているということでご興味のある方は是非ご覧ください。小学生のころの愛読雑誌に久しぶりに対面しました。
羯南の年賀状については、羯南全集の10巻の補遺に、宇野祐三宛ての年賀状が掲載されている。
新年之御吉慶千里同風目出度申納候・・・・・・
この年賀状は明治三十三年元旦となっており、前出の稲垣満次郎あては明治三十年。
宇野は、この年賀状を論文<伊東重と陸羯南>で取り上げられた、弘前の川村欽吾先生の著実によれば
「現在の黒石市上十川の旧家宇野家の当主の先代で、
旧派の和歌をよくし多くの明治歌人たちと交流があった」
(川村欽吾「伊東重と陸羯南」東奥義塾研究紀要6号 1972年)
他の書簡もそうだが、この年賀状も含めて整理することによって羯南のソシオメトリーを作成できないだろうか
たかぎ