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<羯南と古島一雄>(61) 私立大学評判記(その50)

 「(十八)慶応義塾大学部(三)」が続く。
 前回の後半で触れたように慶応義塾は法律部の改革を進めるにしたがって、従来の学風である英米学問を批判し、ドイツ学問を重視する態度を表明するのであった。
 古島一雄はそれについて次のように述べている。

 「講師青木氏の如きは其学報に於て公然英国崇拝の非を論じ、英国の制度を評して支離滅裂なりと罵り、英人は学問を尊ぶの気風なしと曰い、盛んに独逸制度の完美を嘆称し、我国の攻学気風が独逸的となりたるを喜ぶと同時に従来英国崇拝の気風が動もすれば此の攻学気風に一頓挫を来たさんとするを憂い、慶応義塾に於いては特に独逸流儀の研究を必要とすと断じ、暗に門野氏を目して英国崇拝の腐儒と為せり」

 古島はさらに加えて、「試みに其議論の一部を録せん乎」とし、学報に掲載された文章を長々と当記事の半分を占めるほどに引用している。その一部を見るてみよう。

 「攻学気風を見るに、独逸は国勢尚幼稚なるが故に社会万般に鋭進せんとせるが中にも、学術研究の気風の熾んなる。世界英国無比と称するも過言に非ず。而して其の効験の著しきことは社会上のみならず、商工業の上にも航海造船の上にも均しく現われ最近三十年の独逸の進歩は深く其根底を学理の研究に発したること疑を容る可らず」

 「彼の応用化学の如きは実に他国の及ばざる発達を為せるが故に、工業上に直接の利益を生ぜしが如きは其の一例にして、流石の負惜み強きお国自慢の英人にても斯は捨置難しとて伯林(筆者注:ベルリン)の工部大学校に続々入学を申込む者ある程なり」
  
 「英国は、由来実務の才能に誇り、学問を軽んずるの国にして、酷評すれば英国には学問と称すべきもの無しと云うも可なり」
 
 さらに英国批判が続くのであるが、古島はそうした慶応義塾の状況をどのように見たのであろうか。次回、それを紹介しよう。

 いしがみ
by kuga-katsunan | 2012-12-26 11:00 | その他
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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