カテゴリ
全体
研究
紀行
ニュース
トピックス
その他
未分類
以前の記事
2017年 06月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 08月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
フォロー中のブログ


戦争と新聞

 昨年、ノンフィクション作家の黒岩比佐子さんに、「戦争と新聞」というタイトルで四回の連載をしていただきました(小学館『週刊ポスト』)。
 
 日露戦争勝利の後、日本が国際社会の中でリアリズムを失っていくことの象徴的な出来事となった日比谷焼討事件。ちょうど百年前のこの事件を契機にして、新聞がいかに転向していったかを克明に追ったものです。
 
 その後、文春新書から『日露戦争 勝利のあとの誤算』として出版されています。
 
 この激動の時代状況をふまえつつ、当時の新聞人の群像を俯瞰してみるのも面白いかもしれません。
 
 あまりお役に立てませんが、「参考文献」になりそうな本を紹介させていただきます。


 くめた
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-16 12:16 | 研究 | Comments(0)

羯南の実務経験

てらだ様

   仰るとおり古今東西、それにつけても金が仇の世の中ですね。

   全集10巻にある羯南についての回想・追憶の中にも池辺三山が死の
   床の羯南を見舞った際に、<しみじみと、金が欲しいよ>と言い出した
   部分は胸が痛みます。

   職業柄、新聞日本の資金調達、経営体質などが気にはなりますが、
   オーナー系企業の場合オーナーの経営手腕が大きく影響を与えます。

   どうやら日本の金庫番は、羯南の同郷の赤石定蔵だったようですが、
   このあたりは貴兄、きしだ君と調べてみたいですね。

   羯南は青森新聞の編集長、北海道紋別製糖所、政府文書局を経て、
   東京電報、日本の新聞経営に乗り出したのですが、やはり彼の
   目的は、企業としての新聞社の隆盛ではなく、新聞を通して、
   何を訴え、何を成し遂げるか、だったようです。

   いずれにしても数少ない資料の中で一つずつ探っていきましょう

                                  たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-15 23:56 | トピックス | Comments(0)

古今を通じて経営は

 ブログ開設、ありがとうございます。
 高木さんから「みちのく紀行」に誘われながら、一度も同行できず、申し訳ありません。弘前城の桜をぜひ見たいとは思っているのですが。
 私に与えられたテーマは「羯南の新聞経営」です。まだほとんど手付かず状態ですが、ブログ開設に背中を押されて、春原昭彦氏の「新聞経営の先人」(日本新聞協会)を購入し、読み始めました。その一節に「古今を通じて新聞経営者の悩みは尽きぬ」とありました。経営のことはまだよく分かりませんけれど、今の新聞社の状況を意識しながらの作業になりそうです。アドバイスなどよろしくお願いいたします。

 4期 寺田
 
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-15 03:24 | 研究 | Comments(0)

横道のフクヤマと大原社会科学研究所、徳富蘇峰

森銑三と石光真清
 文中やや唐突に出てくるフクヤマの祖父は河田嗣郎といい長崎生まれ、京大で社会科学、特に家族論を修め、大阪市立大の初代の学長のはずです。大原社会科学研究所をつくるのにかかわり、陸、池辺とともに明治の3大ジャーナリストといわれた徳富蘇峰(いま戦後日記が話題ですね)などとも交流があったようです。蘇峰は石光真清(明治元年生まれ)とほぼ同世代の6年生まれで熊本洋学校の出身。嘉悦学園をつくった嘉悦某女子の父親(横井小なんの弟子)らも同じで、横道を始めるとどんどん脇にそれます。

 フクヤマは近著「米国の終わり」で米国のイラク政策を批判しているといわれています。すみません、まだ読んでいませんが。

はらだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-15 02:51 | その他 | Comments(0)

池辺三山

はまぐち様

海外勤務お疲れ様です。
何かとご苦労が多いとは思いますが、外にいると何かと逆に内のことがよく見えるもののようです。このブログにも国際的な視野で是非ご教示頂ければ幸甚です。

さて出発前のお忙しいところ三山の資料をいくつかお持ち頂きました。
その時も御話したように、三山は羯南とともに日本に携わったりしていたときに、旧主家である熊本の細川家の若様がフランス留学となり、お供をおおせつかって一緒にパリに学びました。

その際、勉強しているだけではもったいない、ということで、日本に<巴里通信>という記事を鉄崑崙というペンネームで送り続けました。その意味で最も初期の海外特派員の一人、ということができましょう。

その報道のスタンスはある意味で、いまの海外特派員のプロトタイプを形成している、という論者がいて貴兄には是非その部分をご自身の経験に照らして語っていただければ有り難く、宜しくお願い致します。
(そういえば北京のひがし君は、もう帰国されたでしょうか)

別途、ひろかわ君にお願いして池辺三山の孫娘婿である富永健一(私には懐かしい社会変動論を専門とする社会学者です)が書いた<池辺三山の生涯と思想>をお送りしました。ご参考にしてください。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-14 22:51 | 研究 | Comments(0)

外地にて

 陸羯南研究がいよいよ軌道に乗り始めたようで、喜ばしい限りです。
 さて、私と言えば、高木さんより、外地赴任にあたり、陸研究の一環として、池辺三山研究を命ぜられましたが、多忙を理由にほとんどが手つかずのままであります。申し訳ありません。
 ただ、池辺文献の巻頭を読んで、何となく理解したことは、陸なり、池辺なりを理解するには、当時のメディアを取り巻く社会情勢への正確な理解が不可欠だということです。そこで、私は最近、戦後ジャーナリズムの一ページを開いた元読売の鈴木東民について鎌田慧の書いた本を読んでおります。実は、この本は青木先生の本棚からちょうだいしたものです。本の傷み具合からして、青木先生もこの本は読まずに逝かれてしまったようですが、青木先生がなぜ、この本を手にされたのか興味があるところです(単に、同時代のジャーナリストとして、関心があっただけかもしれませんが)。
 戦後から、戦前へ、ジャーナリズム史を逆にたどっていこうかと、考えております。

東京新聞・浜口武司(アジア大会取材のためドーハにて)
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-14 08:16 | 研究 | Comments(0)

陸羯南とインターネット

 陸羯南研究のブログ開設おめでとうございます。

 カイロ赴任中の浜口武司さん(いまはアジア大会の取材で、ドーハに飛んでいます)から「羯南研究会はおろか、しばらくは、日本に戻れそうにない。広川、私の代わりにお手伝いさせてもらいなさい」とテレックスが入りました。

 ご報告がてら、研究会の末席を穢させていただきたく、書き込みしています。

 司馬さんも青木先生も、羯南自身もインターネットのブログで研究の意見交換がなされるなどとは、夢にも思っていなかったことでしょう。そんな時代に生きながら、いまの日本がなくした先人の意識を探る。なにやら不思議な感じです。

12期 ひろかわ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-14 02:45 | トピックス | Comments(0)

森銑三と石光真清

 最近立ち読みして買った本に森銑三の明治人の人物伝があります。手元に本がないのでタイトルは忘れましたが(岩波)、一節を陸羯南にあてています。冒頭、朝日新聞の死亡記事で始まるものです。一次資料を参考にして書いているだけにややすだれ越しの人物論ですが、「日本」はこうやったらもっと読まれるようになるのに、という周囲の助言に対して一切関心を払わなかったという逸話が出てきます。
 没後しばらくたってから朝日新聞はベルギー大使だった加藤氏(拓川でしたっけ、正岡子規の紹介者)と池辺三山の追想録を載せたといいます。
 その三山の熊本の親の話が久しぶりに読み始めた石光真清の「城下の人」(中公文庫、これは名作です。全4巻ですが)に出てきていました。記憶違いでなければ「歴史の終わり」「米国の終わり」を著しているフランシス・フクヤマの母方のおじいさんも明治生まれの九州の知識人だったとか。
 とりとめもなく、とても研究の糸口にもなりそうにない話ばかりですが、新聞人の大先輩はいろんなところに足跡を残しています。                  はらだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-14 01:55 | トピックス | Comments(0)

三宅雪嶺記念資料館

こなかさま

書き込み有難うございました。
雪嶺が金沢出身と気がついたのは、先日まつやま君やこんどう君となかのめ先生の御話をお伺いしていた時でした。実は雪嶺の記念資料館が流通経済大学にあります。

http://www.rku.ac.jp/seturei/index.html

昔よく行ったり来たりしていた沿線に雪嶺の記念館があるというのも何かの縁ですね。

弓の試合でも一度行った覚えがあります。

何でも雪嶺のお孫さんがこの大学の先生でいらっしゃったご縁とのことです。

金沢の生家とともに訪づれてみたいものですね。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-13 23:37 | 研究 | Comments(0)

よろしくお願いします

『陸 羯南研究』ブログの開設おめでとうございます。

いたって個人的なことですが、今小学2年の息子に司馬さんの『洪庵の松明』を読ませています。緒方洪庵の生き方を小学生向けに書いたものです。
(息子にはかなり難しいようですが・・・!)

この中の司馬さんの洪庵に対する視線がとても優しんですね。
(理解が浅いかもしれませんが)この暖かい視線と同じ視線が羯南にも向けられていたのかなって?思っています。

偉そうなことは何も言えませんが、私も羯南研究の端の方に加えていただけるよう、
頑張りますので、よろしくお願いいたします。

11期 岸田
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-13 19:46 | ニュース | Comments(0)

金沢から

  ブログ開設ありがとうございます。
  高木さんよりお教えいただき、陸羯南研究の関連で同時代の新聞人、金沢出身の三宅雪嶺について調べるべく準備中です。生家跡も発見しましたので、これから訪問します。
  またご報告します。
  五期 小仲
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-13 12:29 | Comments(0)

生家

ブログもにぎやかになりなによりです。
淡々と弘前デジカメシリーズは続きますが、ちなみに、これは在府町の羯南が生まれた場所とめぼしをつけたあたりです。
e0106376_1136367.jpg

格子の家がそうだと思うのですが、どなたかご存知の方はいらっしゃいますか?
また、下は子規庵の隣の羯南宅があったと思しき場所です。茶色の建物の向こう側が子規庵。手前カメラ位置あたりが旧中村不折宅。・・・で、正しいでしょうか?
e0106376_11414212.jpg

敢えて正体は詮索しませんが、下記URLでは「北のまほろば」の記述があり、面白かったです。
http://jomonjin.exblog.jp/i15/

やまだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-12 11:52 | Comments(0)

めくるめく

 陸羯南紀行に参加中の五期・鈴木です。10月21~22日の弘前へ高木さんと行って参りました。熊注意の立て看のある山に登り、羯南の碑を確かめられたのは私にとっては成果でした。高木さんは途中で「この先にあったとしても、もういいよ」と、泣きが入っておりました。
 山頂の碑は、熊避けのベルと一緒に鎮座しておりました。ちゃんと撮れてれば、画像アップします。
 そして、北のまほろばで、司馬さんの案内役をしておられたNHKの菊池さんに12月1日、これまた高木さんとお会いしてきました。菊池さんは司馬さんに弘前で「羯南を研究するのは地元のあなたたちの役目」と、青木先生同様、宿題を授かった方です。しかも、その後NHK経営委員としての青木先生とも親交がおありで。その因縁たるや、まさに隠れ0期生でした。
 まあ、本筋から少し外れて、高木さん同行記のようになってしまいました。奥の細道の曾良のごとくに。

五期・すずきのぶゆき
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-11 18:48 | Comments(0)

陸羯南で東北

正月に嫁の実家の盛岡に行くと言っていたら、高木さんからお電話いただき、1月12日から陸羯南 没後100周年の企画展をやっているので行かないかと。。。残念ながら、正月休みは12日まではとれませんが、来年も数回、東北には行くことになります。弘前は盛岡から車で1時間半ほど、温泉もあり、東北のサカナもイケます。企画展は来年通年でやっており、夏には私も高木さんに同行(運転手)する言質もとられてしまった(!)ので、ご興味のある方、ご一緒にいかがですか? 羯南は高木さんが、その他は私がご案内いたします。かめたに
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-10 15:53 | トピックス | Comments(0)

虚子記念文学館と陸羯南

3期 笹原です。

11月19日(あいにくの雨)、いつものごとく、突然、高木さんが来阪され、芦屋に「陸羯南」の
特別展示をしていた「虚子記念文学館」があるので行くぞと仰ったので、御一緒させていただきました。

残念ながら、陸羯南の特別展は、8月15日から10月9日までで終了していましたが、学芸員の小林祐代(さちよ)さんがおられたので、突然にもかかわらず、いろんな質問をさせていただく
とともに、陸羯南から虚子にあてた手紙などを見せていただきました。

手紙の内容は、当時の陸羯南が、虚子や子規などの文化人の「たにまち」的役割を果たしていた側面が窺える貴重なものでした。

小林学芸員は、陸羯南の研究をしていると話す、高木さんに強く興味を持たれ、時間をかけ丁寧に対応して下さいました。
そして、陸羯南について、協力をしていただけるとの感触を得て、芦屋をあとにしました。

また、高木さんの指示で、司馬財団にも連絡し、今後の協力についても、再確認をしました。
また、後日、住田氏にも、改めて「陸羯南研究」の協力を要請し、了解を得ております。
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-10 12:00 | 紀行 | Comments(0)

ブログ開設おめでとうございます

陸ブログ開設おめでとうございます。

 高木さんの熱心さには毎度のことながら頭が下がります。にもかかわらず11月の例会も都合がつかず欠席し、失礼いたしました。
 いいわけついでにいえば、新聞記者というのは、いい加減な商売で、他人のことはある程度詳しく調べるのに、身内の歴史については無知蒙昧であり、関心が薄いのが実態です。今回のブログ開設をきっかけに新聞の歴史について私なりに振り返ってみたいと思います。
 と殊勝なことを書きましたが、個人的には青木先生があれほど資料を集め、取材旅行にでかけても書けなかったナゾに迫れたらとも思っています。

8期 乾正人
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-09 16:41 | 研究 | Comments(0)

青木塾版「陸羯南論考」(仮称)の11月例会、ご報告


青木門下10期生の近藤です。

さる11月30日(木)、夕刻。没後100周年の来年に予定している門下生による冊子「陸羯南論考」(仮称)の編集会議が開かれました。

明治史の専門家として、筑波大学の中野目助教授に顧問格として同席していただきました。目下、高木塾頭が、各門下生に合致すると思われるテーマを抜き出している段階なのですが、中野目先生から、以下の助言をいただきました。(一部、私のフィルターを通して、要約しています)

○ 陸羯南については、来年2007年に、研究者による書籍や論文が発表されるでしょう

○ そんな状況の中で、明治史の専門家ではない門下生が、どういう文章を書けば、意義あるものとなるのか

○ 先行論文を要約しただけでは、せっかく「アカデミズムとジャーナリズム」の橋渡しを標榜していた青木先生の遺志にあわないのではないか

では、どのような文章にしたら良いか、ですが。

○ 筆者(つまり門下生それぞれ)の体験・見解に、グっと近づける

帰路、高木塾頭とも話し合ったのですが、さらに具体的に申しますと。

私(近藤)は、「子規と新聞『小日本』」というテーマを与えられています。仮に、「新聞日本が発行停止をうけたため、別働隊として、正岡子規が編集出版の命をうけ、家庭新聞を標榜し……、云々」という要約では、意味がない。

ひるがえって私は、20年近くにわたる出版社(特に雑誌)での編集経験があります。従って、現代の雑誌編集者の視点から眺めて、「タイトルのつけ方」「レイアウト」「記事の硬軟のバランス」「文章のわかりやすさ」「連載小説の比重」などを分析すれば、研究者とは違った側面を見出せるのではないかと思います。

その他、門下生でいえば、

○ 主婦の目で見た、新聞「小日本」における明治家庭の理想像

○ 広告代理店勤務から見た、新聞「日本」における掲載広告の推移

○ 銀行マンから見た、新聞「日本」の経営状態

○ 海外特派員から見た、海外記事のできばえ

○ 企業総務担当者による、陸羯南における「人間教育」

など、特色ある文章になりそうな気がしました。

簡略ながら、11月例会のご報告まで、です。

草々不一


こんどう
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-06 11:49 | 研究 | Comments(0)

陸羯南関係資料(青木彰蒐集)


 青木先生が生前蒐集された陸羯南関連資料の目録は以下のとおりです。蒐集にあたっては古書街神保町でのたかぎさんのご苦労があったと聞いています。目録は昨年の3月にいったんまとめたものを下に貼り付けます。*を除き原則として「はらだ」が保存しています。
*全集の第十巻→金沢のこなかさん、なくしてないよね。1~9巻はつかもとさんちですね。
*みずずの小山さんの本もつかもとさんちのはずです。

 つかもとさん、たかぎさん、ご苦労様です。陰ながら応援しています。       はらだ


青木彰所蔵 陸羯南資料一覧
                                                2005/03/13 


〔書籍〕
①陸羯南全集全十巻 みすず書房
②羯南文集 梶井盛編 明治43年東京ばん龍堂
③三代言論人集 5,6,7巻 田口卯吉 陸羯南 三宅雪嶺/黒岩涙香 徳富蘇峰 池辺三山/古島一雄 鳥居素川 堺利彦 時事通信社
④拓川集(コピー、加藤恒忠)拾遺編、追憶編、書簡編、日記編、随筆編上、随筆編下 昭和5年拓川会
⑤拓川と羯南 第16回特別企画展昭和62年 松山市立子規記念博物館
⑥志賀重昂全集 1、2、3、4、5、6巻 昭和3年 志賀重昂全集刊行会
⑦日南集 福本日南著 明治43年 東京堂
⑧日南子 福本誠著 明治33年 博文館
⑨大勢史眼 福本日南著 大正4年 至誠堂 
⑩日南草廬集 福本日南著 明治45年 春秋堂
⑪人生八面観 三宅雪嶺著 昭和30年 実業之世界社
⑫一地点より 三宅雪嶺著 昭和8年 帝都日々新聞社
⑬宇宙 三宅雪嶺著 大正4年(昭和31年) 実業之世界社
⑭羯南と蘇峰 川辺真蔵著 昭和18年 三省堂
⑮回想杉浦重剛 その業績と回想 回想杉浦重剛編集委員会 昭和59年 
⑯杉浦重剛先生 大町桂月ら著 大正13年 政教社
⑰明治大正言論資料 10 中江兆民集 東雲新聞明治21~23年 みずず書房
⑱明治大正言論資料 20 明治新聞雑誌関係者略伝 宮武外骨 西田長寿
⑲古島一雄 古一念会編 昭和24年 日本経済研究会
⑳哲人三宅雪嶺先生 柳田泉 昭和31年 実業之世界社

ⅰ一老政治家の回想 古島一雄 中公文庫
ⅱ杉浦重剛座談録 猪狩史山ら 昭和19年 岩波文庫
ⅲ斬人斬馬剣 古島一雄の一生 小島直記 平成6年 中公文庫
ⅳ青森県の近代精神 稲葉克夫 平成4年 北の街社
ⅴ現在の県民気質 全国県民意識調査 NHK出版
ⅵ東北学へ 1,2巻 赤坂憲雄 平成8年 作品社
ⅶ明治精神の構造 松本三之介 昭和56年 新NHK市民大学叢書
ⅷナショナリズムの文学 亀井俊介 昭和46年 研究社叢書
ⅸ漱石とこの時代 1,2、3,4,5部 江藤淳 平成11年 新潮選書
ⅹ陸羯南 「国民」の創出 小山文雄 平成3年 みすず書房

①弘前市史 上、下 昭和60年 津軽書房
②古島一雄清談 毎日新聞社編 昭和26年 毎日新聞社
③近代日本のジャーナリスト 田中浩 昭和62年 御茶の水書房

〔コピー文献〕(高木が収集・整理)
①「羯南と蘇峰」 川辺真蔵 昭和18年 三省堂
②「国士 陸羯南」吉田憲次 昭和19年 昭和刊行会
③「三代言論人集」5巻 陸羯南 柳田泉 三宅雪嶺 長谷川如是閑 昭和38年 時事通信社
④「一老政治家の回想」 古島一雄 昭和50年 中公文庫
⑤「明治20年代の正論に現れたナショナリズム」~陸羯南、三宅雪嶺、志賀重昴 本山幸彦 昭和33年 未来社 (「明治末期のナショナリズム」坂田吉雄編 所収)
⑥「陸羯南 その剛毅なもの」上、中、下 平田小六 昭和44年1,3,5月「日本及日本人」
⑦「陸羯南、三宅雪嶺、徳富蘇峰」 大久保利謙 「中央公論」昭和30年11月
⑧「陸羯南 人と思想」 丸山真男 「中央公論」昭和22年2月 
⑨「近代日本と陸羯南」 座談会 丸山真男・西田長寿・植手通有 昭和43年9月 「みずず」112号
⑩「陸羯南とその周辺」 座談会 木村毅・柳田泉・西田長寿 昭和43年9月 「みずず」112号
⑪「福沢諭吉の啓蒙主義と陸羯南の歴史主義」 遠山茂樹 昭和51年 青木書店
⑫「日清戦争後における陸羯南」 植手通有 昭和62年 筑摩書房
⑬「平民主義と国民主義」 植手通有 昭和51年 「岩波講座 日本歴史」16巻
⑭「国民之友」「日本人」  植手通有 昭和37年 「思想」岩波書店
⑮「日本及日本人」 松本三之介 昭和31年「文学」岩波書店
⑯「明治三十年代前半の新聞 『日本』の読者層」 山本武利 昭和42年11月「一橋講叢」
⑰「解題、年譜、政教社文学年表」 松本三之介 昭和55年 筑摩書房 「明治文学全集37巻」
⑱「青森県の近代精神」 稲葉克夫 北の街社 平成4年3月
⑲「国民、自由、憲政~陸羯南の政治思想」 本田逸夫 平成6年2月木鐸社
⑳「陸羯南研究」(目次など) 丸谷嘉徳 平成2年 勁草書房出版センター
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-06 09:53 | 研究 | Comments(1)

羯南没後100年記念事業

青森の同級生から、地元紙である<東奥日報>に羯南没後100年事業の記事が出ていた、との連絡がありました。

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/20061205092154.asp

いよいよ地元でも動きが本格化してきているようです。

ちなみにこの東奥日報は羯南が初めて新聞の編集長を勤めた青森新聞の後裔にあたる、とのことです。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-06 00:22 | ニュース | Comments(0)

東奥義塾

業務の合間に弘前デジカメシリーズ続けます。
今回の写真は追手門広場にある東奥義塾跡。
津軽藩の漢学の学塾・稽古館が明治になって英学中心の東奥義塾となりました。広場には旧東奥義塾外人教師館などもあり当時のハイカラなイメージが残っています。
「北のまほろば」でも津軽の人は物持ちがいいと書かれています。
e0106376_1417286.jpg
e0106376_14192551.jpg

ここで米人教師ジョン・イング夫妻は生徒に大きな影響を与えたとされ、羯南の同窓にも伊東重・一戸兵衛・珍田捨己などがおり、優秀な人材を数多く輩出したとのことです。
この伊東重は前回の養生館の持ち主で(伊東梅軒とは血縁ではないらしいですが)後まで羯南と親しく手紙のやり取りをしていたことが書簡集などから見て取れます。
やまだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-05 14:36 | 紀行 | Comments(0)

続松蔭室

こちらは、幼稚園の施設なので平日、しかも事前の予約が必要になります。(専門の案内の方がいらっしゃらないからだそうです)
建物自体は写真でもご覧の通り原型のまま、昔読んだ<世に棲む日々>を思い出します。
当日は、陸奥史談会の方がご案内頂き、羯南が自作の詩を書いた書もわざわざ御出し頂き拝見致しました。

   名山名士を出だす
   此語久しく相伝う
   試みに問う厳城の下
   誰人か天下の賢

雄渾な筆で郷土の人々に奮起を促す羯南の気迫の感じられる書でした。(この書については<北のまほろば>をご参照ください)
思えば明治期の東北の人々は時の政権に入れられない複雑な思いを抱いていたことも思い出され羯南の生涯を貫く<反骨>の魂の根幹をかいま見た思いでした。
そういえば、やまだ君の父君は会津の出、私も祖父は長岡の在の出身、何か、<峠>も思い出されたひとときでした。

たかぎ
 
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-12-02 08:35 | 紀行 | Comments(0)

弘前史

弘前の続報です。
羯南を育てた明治初めの津軽は、遠隔地にありながらも文化水準が高かったと思われます。写真は吉田松陰が訪れた旧伊東梅軒宅で現在は養生園という明治以来続く幼稚園として残っています。
e0106376_16273673.jpg

e0106376_16271396.jpg

手前が「松陰室」という座敷のある建物。後ろが幼稚園。この「松陰室」で羯南の有名な「名山出名士」の書が書かれたとされています。高木は実物を見せてもらえたとのことでしたが。。。
「北のまほろば」では「幕末以来、この室はよき人々を迎えた・・・津軽弘前史のよき光が、この部屋に満ちあふれてくるような気がした」と書かれています。
やまだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-30 17:02 | 紀行 | Comments(0)

岩木山

弘前拉致組の山田です。羯南入門ということでまずは弘前へ。
秋だったので紅葉がきれいでした。
e0106376_1495469.jpg
写真は「北のまほろば」で「三層の天守閣が、津軽平野の支配の象徴ではなく、じつはこの天守閣は、神である岩木山に仕えている」と書かれている弘前城の本丸から望む岩木山です。(初ブログ投稿なのでうまく投稿できましたらこのときの写真を続報で入れます)

やまだ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-29 14:23 | 紀行 | Comments(0)

青木先生の陸羯南ノート

青木先生が陸羯南の研究に使われていたノートをお預かりしております。

将来先生の直筆原稿とともに保存していきたいと思っておりますが、ご関心のある方はおっしゃってください。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 01:39 | その他 | Comments(0)

<日本新聞社社主陸羯南と子規>展

芦屋の高浜虚子記念文学館では8月15日から10月9日まで、標記の展覧会を開催されました。これはシリーズ<仰臥漫録>展の第五回にあたるもの。会場には、全集にも収録されていない羯南の書簡、ゆかりの品などが展示され、日ごろ俳人の方が多い文学館にもかかわらず、このテーマで、羯南に関心のあるジャーナリストの方たちも多数訪れた、とのこと。

高浜虚子全集の中にも、羯南についての記述を発見したのも収穫でした。碧梧東の全集の中にも何かありそうです。

笹原君のご案内で、文学館報も頂いておりますので、ご関心のある方はご連絡ください。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 01:32 | トピックス | Comments(0)

陸羯南没後百年記念企画展

弘前の郷土文学館では、来年の陸羯南の没後百年を記念して新年1月12日から12月まで通年で陸羯南の企画展を準備していらっしゃるようです。

内容は、陸羯南のゆかりの品、及び関連文献の展示など、現状鋭意企画中とのことです。
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 01:14 | ニュース | Comments(0)

弘前と東京

弘前へは、通常ルートでは新幹線で東京から八戸、そこから在来線で弘前までが一般的です。

これ以外に、亀谷君の奥様の実家のある盛岡で途中下車して、高速バス:ヨーデル号で弘前まで直行することができます。

他に上野発の夜行列車で翌朝に弘前に着く、浜松町、品川からの夜行バスもあります。

いずれも、意外にも乗ってしまえば早い、というのが正直なところ。

もっとお急ぎの方は、飛行機で青森空港まで飛び、そこから弘前行きのバス、このルートは山田君が一度試しているので、彼の感想を待ちたい、と思います。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 01:07 | 紀行 | Comments(0)

最近の陸羯南研究

最近の陸羯南研究としては、弘前の郷土史家である稲葉克夫先生(塚本家に所蔵されている<青森の近代精神>の著者)の、<陸羯南の津軽1,2>(地域学所収、弘前学院大学地域総合文化研究所)があります。稲葉先生は12月にも評伝発表の予定。http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/20060913153004.asp

地域学の論文をお読みになりたい方は、高木までご連絡ください。
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 00:59 | 研究 | Comments(0)

陸羯南没後百年

2004年5月に<青木彰をゆく>の一貫で初めて訪れた弘前行も、今回の塚本君との北帰行で5回目になりました。

10月に鈴木君、11月の頭に山田君と、このところ詰めて通っていましたが、同じようなコースを辿りながらも、毎回新たな発見があるのもひとえに青木先生、司馬さんのお導きの賜物かなと思ったりもしております。(今回は青山県庁県史編纂室の方から、東京の大学の先生で今まさに陸羯南の伝記を準備されているとの御話をお伺い致しました。)

今年の初めに皆さんには、各位こんなテーマでいかがでしょう、という私案をご相談させて頂きましたが、内容は各位の持たれている固有のイメージで結構ですので、このブログを通じて適宜考えて頂ける一つのきっかけになれば何よりと考えています。

日々、忙しい本業の中で、なかなか時間をやりくりするのも難しいこととは思いますが、青木先生が何故、このテーマを我々塾生に残していかれたか、も考えながら、進めていければ、自ずと見えてくるものがあるのではないでしょうか。

折しも来年2007年は、陸羯南没後百年の年にあたります。このタイミングに、青木先生の御遺志のもと、なにほどのものでも手向けられれば、と思っておりますので、皆様も是非ご一考のほどを。

たかぎ
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-26 00:13 | ニュース | Comments(0)

陸 羯南研究のブログ開設しました

高木さんと行った弘前~陸 羯南の生地を訪ねる旅~の途中で「ブログ作ればいいじゃん」という軽いノリで言ってしまった一言が運のつき。
「じゃあ作って」といわれ、ご覧のようになりました。

執筆陣は高木主筆より分担を任じられた各位にて、それぞれの研究成果を発表するもよし、新たな発見を投稿するもよし、身近な出来事を書くもよし。陸 羯南に少しでも関わることであれば歓迎です。

このブログは公開しまして、同様の研究者の目に入ることを期待します。
またコメント、トラックバックもオープンにしまして、皆さんのご意見やリンクを期待します。
(スパム防止のため一定の制限を加えています)
複数の執筆なので、文末に名前を記入します。実名(性のみ)原則ですが、事情により匿名も可とします(その場合、執筆人内には誰であるか明らかにしてください)

なお下記写真は11/23ホテルから眺めた弘前の朝です。最高気温6度。雪もちらつく天気でして、昼からアルコールの助けを必要とした由。寒ッ!!

e0106376_22142328.jpg


続報は後日。。。

つかもと
[PR]
# by kuga-katsunan | 2006-11-25 22:21 | 紀行 | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
メモ帳
執筆陣
 たかぎ(主筆)
 やまだ
 しぶさわ
 はらだ
 ささはら
 つかもと(管理人)
 てらだ
 くめた
 こなか
 すずき
 いぬい
おかぽん(おかもと)
 こんどう
 きしだ
 はまぐち
 かめたに
 ひろかわ
 あまの(顧問)
 やまもと(〃)
ライフログ
検索
タグ
(101)
(28)
(27)
(13)
(13)
(12)
(11)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(7)
(7)
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧