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<羯南と古島一雄>(42) 私立大学評判記(その31)

 今回も「(十二)慶応義塾と早稲田大学」である。このなかで古島一雄は当時の慶応義塾の校舎や施設、それに生活の様子がどのようになっていたのかについて紹介している。それを以下に詳しく見てみよう。

 「慶応義塾なる構内には、啻に其講堂を中心として、右には福沢氏の邸あり、僅に背後の運動場を隔つれば、小幡氏の宅あり、塾長の家あり、外国講師の家あり。」

 学校内の敷地に学校幹部の家があり、外国人も住んでいた。運動場もあり、体育を重視していたことがわかる。

 次に、「日本最初の演説堂は、依然として当年の名残を留め、四百余人を容るべき大宿舎は、新たに講堂の右側に建てらる」とある。

 現在、日本で初めて演説をしたのが福沢諭吉とされているが、当時すでに演説堂は、日本初という認識であったことがわかる。また、学生の宿舎は、400人以上も収容できる大きな建築物であった。

 そして、「其他、大弓場あり、柔術場あり、倶楽部あり、湯屋あり、理髪所あり、姉さん以てパンを売り、三助以て背を流す」と続く。

 弓道場もあり、柔道場もあった。西洋の学問を中心に教えていたが、武道にも力を入れていた。さらに風呂屋もあり、床屋もあり、しかもパンも売っていたということで、学内で生活ができる状況であったことがわかる。

 さらに、「坂を下れば幼稚舎あり、寄宿舎又た之に伴う。ダダを捏ねて、保母にお伽噺をネダル日本の子供もあれば、先生の音頭に声張り上げて、余念もなげに唱歌を謡う西洋の小児もあり」とする。

 小学校の子供たちの姿も学内にあった。また、西洋の子供たちも一緒に暮らしていた。

 まさに、慶応義塾について、「人は先ず其組織の整然として家庭的なるに驚くべし」だった。

 そして、次のような状況を生み出していた。

 「幼稚園より小学校、小学校よりして中学、中学よりして大学、彼等の父兄にして若し之を願はば、彼等は五六歳の幼年時代より、二十四五歳の壮年時代に至るまで、門外一歩を出でずして、能く此構内に其学生生活を遂ぐるを得べきなり。」

 したがって、「是れ慶応義塾が唯一の特色にして三田学風なる一種の空気が能く保持せらるる所以なり」なのである。

 こうした状況が、慶応独特の学風を醸成するのに貢献した。さながら独立国のようであっただろう。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2011-05-28 11:01 | その他 | Comments(0)

弘前 有山先生講演会開催

 4月30日、弘前で陸羯南会の主催で有山先生の講演会が開催されました。

「新聞記者陸羯南の誕生と弘前」と題する講演で、羯南の生涯を振りかえるとともに、その新聞記者としても揺籃の地でもある弘前の果たした役割を評価されたものです。

 羯南が、新聞記者、というものに込めた理想的役割と、実際の新聞経営との相克の中で、いかに苦しみ、闘ったかを語る内容で、参加された人々に深い感銘を惹起しました。

 「徳富蘇峰と国民新聞」の著者でもある有山先生は、一部蘇峰の生涯と、羯南の生涯を比較することで、羯南の理想性、悲劇性を際立たせ内容となりました。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2011-05-02 05:38 | ニュース | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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