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<羯南と古島一雄>(39) 私立大学評判記(その28)

 今回のタイトルは「(十一)三田の福沢と早稲田の大隈」である。
 
 現在も慶応義塾大学と早稲田大学は、私立大学における二大巨頭であるが、明治36年ごろでもすでに他の私大に比較し特別な存在であった。当時の両大学の学生数は、古島一雄の本連載の第1回目緒言には、慶応が約2,400名、早稲田は約4,500名とある。

 当時も入学試験を実施していたもののほぼ全入であった。大学運営をすべて学生の納付金にたよっていたからである。

 ちなみに現在(2010年5月1日)の学生数と比べると、慶応約43,000名、早稲田約54,000名である。なお、現在、私大の最大規模を誇る日本大学で、約82,000名であり、東大は約29,000名である。

 さて、今回、古島は、慶応の創設者である福沢諭吉と早稲田のそれである大隈重信とを彼一流の目で比較し、次のように語る。

 「吾人は今、慶応義塾と早稲田大学とを比較せんと欲するに及びて、大隈伯の却って福沢と幾多の類似点を有せるを見る。」

 そしてまず、大隈について、次のように語る。

 「世人は、大隈伯を目して大名的なりと云う。其邸宅を壮にし、其庭園を大にして、一代の豪華を尽くし、居常鷹揚として黒紋付を着流せる処、普通華族も遠く及ばざるの観あれども、是れ実は、彼の傲慢癖を装飾せんとする一の痴心に過ぎず、其思想は寧ろ英国流の平民なり。」

 司馬遼太郎の小説でも大隈は長広舌で、大風呂敷な人物として描かれているが、古島もうまく彼の全体像をとらえている。

 一方、福沢については、以下のように語っている。

 「世人は、福沢氏を目して素町人なりと云う。其勲爵を辞し、其黄金を重んじ、縞の羽織に角帯を締め、ベランメー口調に平語俗説する処、如何にも町人の観あれども、是れも亦其傲慢心を維持せんと欲する一の覇気に過ぎずして、其人格は寧ろ親方的、若くは長脇差的なり。」

 これもまた的を得たとらえ方ではないか。今は両者とも立志伝中の人物であり、その成功談しか伝わってこないが、古島にあうとひとたまりもない。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2011-02-27 19:11 | その他 | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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