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<羯南と古島一雄>(21) 私立大学評判記(その14)

 今回から新たに明治36年(1903)年11月7日発行の「(五)私学と官学」に入る。

 古島一雄は、冒頭で次のように述べている。  
 
 「吾人は前回に於て、略ぼ私立大学勃興の内情を叙したりと信ず。即ち私立大学の成りたるは、文部省の専門学校令之が動機たりと雖も、其実は、学生充実の必要に迫まられたりと曰はんより、寧ろ学校其物の生存競争に依りたる事の甚だ大なる理由たるを発見せずんばあらず。」

 すなわち、私立大学の設立の本音が、学生側のためではなく、学校側の経営のためにあったことをズバリ指摘している。

 そして、次にその状況を具体的に説明するものとして、以下のように法政大学の趣意書そのもの(今回は、冒頭のみを紹介)を提示する。

 「熟々思ふに、今日最高等の専門学術を教ふるは、東西二京の帝国大学とす。然れども我版図の大と人口の衆とを以て、僅に二大学にて足れりとぜざることは世既に定論あり。且つや官学は整備を期するの余り、画一に失するの弊なきに非ず、故に程度に於ては帝国大学に優るあるも劣ることなき私学にして、而も別に特色を具ふるものの必要あるべきを信じ、本校は徐ろに之が計画を為さんことを期せり。」

 法政大学の東京と京都の両帝国大学に対する心意気が感じられる記述である。古島は、この趣意書自体をどこからか入手し、そこに記載されている内容をそのまま紹介している。当記事で彼は、「人触れれば人を斬り、馬触れれば馬を斬る」必殺の筆剣で恐れらたように、実に切れ味鋭い論説を展開していくのである。

 それにしてもこの趣意書は、当時の私学の置かれている状況の実態をよく伝えてくれている。次回でさらに詳しくこの趣意書を見て行くことにしよう。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2009-11-28 16:10 | その他 | Comments(0)

ブログ開設3周年  松山市立坂の上の雲ミュージアムの展覧会 

  早いものでつかもと君と弘前に行ったさいにスタートしたこのブログもあっというまの3周年です。

  明日29日からは、NHKで青木先生の積年の悲願であったドラマ「坂の上の雲」も始まります。

  以前、東奥日報さんの報道でもご紹介しましたが、来年3月から松山市立坂の上の雲ミュージアムでは、
新聞日本をテーマにした展覧会が、来年3月のスタートに向け準備されています。

  新聞日本を真正面にすえた展覧会は今回が初めてで、陸羯南をはじめ、彼のもとに集まった数多くの逸材たちも紹介されるようです。

  これを機会に今まで歴史の影に隠れていた事績や人物、歴史的資料にあらためて新たな光があたることを期待しています。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2009-11-28 08:03 | トピックス | Comments(0)

青木先生の長谷川如是閑  4

 「 彼は実は早大生で、そのときは新宿駅前で十人近い男女と並んで靴磨きのアルバイトを続けていた。

  彼以外はみな本職である。彼は「年頭小言」の載っている新聞を同業の人の数だけ買い、みんなに読ませた。そしてこういった。

  「われわれはこの往来の砂利となって人々にふまれながら、日本の行く道を固める人間になろうじゃないか」

  みんな汚れた手で新聞を握りしめながら泣いたという。


  如是閑が「クツみがき」を書いた戦後期と今日とでは、社会相も価値観も違い、私自身、靴磨きを”下層の街頭の砂利”とは毛頭思わない。

  ただ如是閑の心のたかぶりには共感する。

  同時に当時の新聞と読者・国民との濃密な結びつき、とりわけ新聞の重みとでもいったものに心を打たれるのである。

  もちろん、テレビの発達などマスメディアの多様化が進んだ今日、新聞のウェートが相対的に低下したのは理解できる。

  だが、それにしても、いまの新聞は軽すぎはしまいか。

  新聞人に気の緩みというか、時代をリードする気概の欠如が感じられてならない。

(中略)

  なによりもまず、新聞・新聞人に時代を切りひらく気概を持ってほしいと思う。」
(平成2年5月12日付)

(「見る 読む 叱る  私のメディア評論」 青木彰  東京新聞出版局  平成6年4月発行)         
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by kuga-katsunan | 2009-11-22 08:05 | トピックス | Comments(0)

青木先生の長谷川如是閑  3

 「  「年頭小言」はいう。

  「涙に頬をぬらしながら逃げていく私を、往来の人は何と思ったことだろう。

   私は立ち止まって頬を拭いながら頭のなかで叫んだ。

   「日本は亡びない」・・・・・・

   万人のために万人に踏まれながら生きている街頭の砂利のような

   人たちのうちにこのような「人間」をたった一人見出して・・・・・

   上層の日本はどうあろうとも、その下層の街頭の砂利が、

   人間というコンクリートで堅固に舗装されていたら、

   その上を行く日本は断じて引っくりかえることはない」

   この新聞が出て数日後、鎌倉の如是閑邸に

   「御茶の水の靴磨きです」

   と名乗る青年が訪れた。」

(つづく)

  たかぎ
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by kuga-katsunan | 2009-11-15 21:45 | トピックス | Comments(0)

青木先生の長谷川如是閑  2

  「ところが青年は

   「持っている靴墨の質が悪いのでいい靴墨を持っている人にやらせてくれ」

  と磨くのを断った。

   「いいからそれでやりなさい」

  と何度いっても、彼は

   「靴磨きが人の靴を台無しにしては申し訳がない」

  と聞きいれない。

  仕方なく小さな紙幣を渡して行こうとしたが、彼はそれも受け取らない。

  ついに如是閑は紙幣を投げだして、その場から駆け去った。」

つづく

  たかぎ
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by kuga-katsunan | 2009-11-14 22:48 | トピックス | Comments(0)

青木先生の長谷川如是閑

  青木先生の七回忌が近付いてきたので、いろいろと整理しながら、久しぶりに先生の著書<見る 読む 叱る  私のメディア評論>(東京新聞出版局、平成6年4月)を開いてみた。

  この本は先生の形見分けのときに頂いた先生ご自身が持っていらっしゃった本である。ところどころに赤が入っており、ここを次回は直そうと思っていらっしゃったことがわかる。

 巻頭に<長谷川如是閑の「クツみがき」>と題するエッセイが載っている。少し長いがご紹介させて頂く。

 「古いが、ちょっといい話である。
ジャーナリストの大先達として知られる長谷川如是閑に「クツみがき」という小文がある。

「週刊朝日」の昭和26年5月6日号に掲載された。

 これは、東京新聞のこの年の元旦付に載った「日本断じて滅びずの根拠」という「年頭小言」の後日談である。

 戦後の混乱がまだ続いているころ、如是閑はお茶の水橋のたもとで、若い靴磨きに靴を磨かせようとした。」

(続く)

たかぎ



 
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by kuga-katsunan | 2009-11-08 20:41 | トピックス | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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