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<   2007年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

明治大正言論資料 月報

 その月報の巻頭には池辺一郎が書いている。

 池辺一郎は、ゴーギャンやルドンの愛好者にはおなじみの名前だが画家であり、実は池辺三山の長男でもある。彼は父の伝記も書いている。(ただこの月報を書いた翌年には亡くなっているのでその仕事は、三山の次女の息子である社会学者の富永健一に引き継がれる。)

 一郎は1932年から38年にかけてフランスに留学していたのでその縁もあってフランス印象派、象徴派の紹介者の一人となったのであろう。父三山は、旧主の熊本の殿様のおつきとして1892年から1895年にかけてパリに留学していた。親子二代でフランスへ留学したことになる。

 一郎は<鳥居素川のこと>と題して書いている。

<鳥居素川(本名赫雄、1867-1928)は、明治25年頃、天田愚庵という奇人の門人となったところで経歴をはじめている。それ以前に上海にいたことがあるらしいが、その時期のことははっきりしない。>

 鳥居は、やはり三山と同じ熊本の人。慶應三年、1867年、に細川藩士の三男として生まれている。彼はその生まれからいって明治の子だといえよう。
兄数恵は、西南の役に際し、三山の父、池辺吉十郎が糾合した熊本隊八百人の中の二番小隊長として西郷を救援しその転戦のなかで戦死している。三山とは親子兄弟を通じた深い縁を持っている。
 熊本の済済黌に学び、明治十七年に上京、独逸協会専門学校で学んでいる時に荒尾精に出会う。荒尾の勧めで、明治19年上海にあった日清貿易研究所(東亜同文書院の前身)に留学した。 

  
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by kuga-katsunan | 2007-01-28 09:16 | トピックス | Comments(0)

明治新聞雑誌関係者略伝

 
<明治新聞雑誌関係者略伝>という本が手に入った。
みすず書房から1985年に出版された本だが、著者がすごい。

 宮武外骨と西田長寿の二人になっている。

 宮武はご存知の通り、江戸末期の生まれのジャーナリスト、新聞研究家であり、昭和30年に88歳で没している。その彼が85年出版の本の著者にあげられているのは、西田氏が前書きであげているように、宮武が後半生、東大に明治新聞雑誌文庫の設立に尽力し、自ら同文庫の主任となって新聞の収集にあたり、同時に上記の<略伝>の作成に手を染めていたからである。

 収録されている新聞人、雑誌人は2000名強。変わったところでは、宮崎寅蔵が若年のころに九州日報の記者をやっていたり、晩年に上海日日新聞に連載をもっていたということで掲載されている。実に労作という他はない著作である。当然新聞日本の人々は皆掲載されている。

  この本は、実は明治大正言論資料というシリーズの第20巻であり、このシリーズは、最初の配本が中江兆民でこれが第2回配本、そして第三回が内川芳美先生解説の日新真事誌という予告になっている。続刊が待たれる。

 更にこの月報に驚いた。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-22 22:42 | 研究 | Comments(0)

中村不折  書道博物館と新聞日本  その一

 鶯谷の駅を降りて山手線の外側へ少し歩いたところに羯南の旧宅のあった場所がある。その隣が子規旧宅であったことは有名で、<仰臥漫録>をはじめとして子規の随筆のなかにもよく出てくる。
 今は、子規旧宅も羯南の旧宅も、昭和20年のアメリカ軍の意図的な非戦闘員への大空襲で焼けてしまい(その際に羯南の資料もほとんど焼けてしまったという)現在の子規庵は戦後再建されたものであり、羯南の旧宅のあった場所は近代的洋風家屋となっている。

 その向かいに古風な洋館がたっているのは気がつきにくいが、この入口には<書道博物館>との表示が右書きの石文字で残されている。
ここが、中村不折旧宅であり、彼がたてた書道博物館である。ここは空襲にも耐え戦前の姿を残している。昨年は、彼の生誕140周年で、揺籃の地である長野とこの旧宅で<中村不折のすべて展>が開催された。

 画家であり、書家であった彼も日本新聞社の社員の一人であった。明治29年に撮影された日本新聞社の社員の集合写真の中に羯南のすぐ上にうつっている。

明治27年、彼は、浅井忠の紹介で当時、小日本の挿絵画家を探していた子規に紹介されたのである。その出会いの時の様子を子規は<墨汁一滴>の中に描いている。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-21 23:58 | 紀行 | Comments(0)

<陸羯南の津軽>稲葉克夫  その一

 青森県教育厚生会から<三潮>という文芸誌が届いた。青森県の教職員の皆さんによる文芸誌である。今回の号には、弘前の陸羯南研究家である稲葉克夫氏の<陸羯南の津軽>が掲載されている。

 司馬さんが<北のまほろば>でも触れられているように、羯南の地元である弘前で羯南を研究をされている方はなぜか少ない。それ自体が県外の者にとっては不思議な状況だが、とてももったいない事のようにも思える。

 その中で稲葉氏は、弘前大学在学中から羯南研究を積み重ねて現在にいたっている。その最初の頃の羯南論は弘前大学国史研究に発表された。オリジナルを弘前市立図書館で閲覧したがガリ版の手刷りであったのが、昭和30年代の時代に思いをはせた。最近でこそワードプロセッサーの普及で簡単に活字印刷が可能となったが、ほんの少し前まではたしかに皆ガリ版をきっていた。その字にも各自の個性が現れて印象深いものだったのが思い出された。(後に、それらの論考は、<青森県の近代精神>北の街社、1992、にまとめられた。)

たかぎ 
 
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by kuga-katsunan | 2007-01-21 08:11 | ニュース | Comments(1)

トルストイ 復活  新聞日本5634号明治38年4月1日

 明治38年4月1日、奉天会戦と日本海海戦のはざまの一時期、その一面トップは社告とされている。

  その内容は

  <   復活   トルストイ作  内田魯庵訳
                            4月3日より連載>

  となっている。

 一面トップが、連載小説の予告、というのも驚きだが、日露戦争の真っ最中に、死闘を繰り広げている、敵国の小説を連載する、というのも意外である。

  訳者の内田魯庵は次のように続けている。

  <露国革命運動の無言の指揮者をトルストイなりとする欧米人士の説は>と始めている。

  トルストイを革命運動の思想的指導者とみなした向きもあったのだろうか。
  日本におけるトルストイの受容の歴史の中で、内田魯庵の役割はどうだったのだろうか

  たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-15 22:52 | 研究 | Comments(0)

陸羯南 生誕150周年・没後100年展 (陸奥新報)

  弘前の地元紙陸奥新報は同展のことを以下のように伝えている。

陸羯南 生誕150周年・没後100年展
弘前市立郷土文学館、12月28日まで

 弘前市在府町に生まれ、明治の新聞人として大きな業績を残した陸羯南の足跡をたどる企画展「政論記者 陸羯南 生誕150周年・没後100年展」が12日、弘前市立郷土文学館で始まった。会期は12月28日まで。

 羯南は新聞「日本」の社長兼主筆として、欧化政策を推進する当時の明治政府を批判し、日本の伝統に基づいた穏やかな近代化、国民の主体性を訴える「国民主義」を提唱。
 また同紙記者で俳句、短歌の改革を成し遂げた正岡子規(松山市出身)を献身的に支えたほか、俳人で小説家の佐藤紅緑をはじめとする本県出身の文人に大きな影響を与えた。
 企画展では館内に特別コーナーを設け、ゆかりの資料や書籍、パネルなど約160点を展示。羯南自筆の掛け軸、原稿のほか「国際論」や「近時政論考」といった著作、愛用した机、茶だんすが並び、家族や親交の深かった人たちの書からは羯南の人徳を感じることができる。
 また県内外の羯南研究家による書籍を紹介しているほか、企画展に合わせて同館が作製した羯南を紹介するDVDも放映される。
 同館の井上雅敬専門委員は「会期が1年間で約200点の展示物を準備したので、会期中に差し替えていく。この機会に羯南の功績を知ってもらいたい」と話している。
 入館料は高校生以上百円、小中学生50円。開館時間は午前9時から午後5時まで。
(陸奥新報  2007年1月13日)

 青森、北海道、弘前、と微妙な報道の違いが感じられるが、司馬さんが北のまほろばで言っているそれぞれのお国意識もあるのだろうか

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-14 08:45 | ニュース | Comments(0)

政論記者 陸羯南 生誕百五十年・没後百年展(北海道新聞)

 同展の内容を別途、北海道新聞も伝えている。

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20070111&j=0048&k=200701118196

 <青森からこんにちは>というコラムがあるようで、そこに東奥日報提供ということで同展の内容が記載されている。

  この展覧会に向けて、稲葉克夫氏は新たな論文を書かれたようで、更に羯南紹介のDVDも製作された、とのこと。

たかぎ 
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by kuga-katsunan | 2007-01-14 08:26 | ニュース | Comments(0)

政論記者 陸羯南 生誕百五十年・没後百年展 開始

 かねて期待されていた、羯南の生地、弘前の郷土文学館で、1月12日から<政論記者 陸羯南 生誕百五十年・没後百年展>というテーマで開始されたとの報道が東奥日報に掲載されている。

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2007/20070112185846.asp


 内容としては、直筆原稿、書、関係資料など約200点が展示されているとのことなので、同館が所蔵しているほぼ全ての資料が展示され、更に関係のところからの出品も期待される。

 会期は、12月28日まで、というほぼ一年にわたる展示になるので、多くの来館者の興味をひくものと期待される。


たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-14 08:17 | ニュース | Comments(0)

松井勲 新聞<日本>の人々  その一

 年末に古本屋から本が届いた。
松井勲遺稿集:新聞<日本>の人々、である。

この本は、司馬さんから青木先生にあてた陸羯南研究を始めたらどうか、という手紙に羯南全集とともに、真っ先に出てくる本である。(司馬遼太郎からの手紙の中にも掲載されている。)

10年以上前に先生から羯南関係の資料を集めるように依頼されたときにも当然リストにあがっていたのだが、結局探しだせなかった。初めて実物を手にできたのは、弘前の郷土文学館で羯南関係の資料を見せて頂いた時であった。思えば羯南研究会で最初に皆で読んだのもこの資料である。

その後もこの本を探し続けていたのだが、羯南没後百年の年の前日に漸く手に入れることができたのも何かの書縁というべきだろうか。あらためて先生から資料を集めるよう言われたときを思い出し感慨深いものがあった。

松井勲氏は、講談社版の子規全集の名編集者。この全集の完成に向けて心血を注がれたが志半ばにして病に倒れられた。この論考の中には、先日の重剛のいう<連判帖>ならぬ、新聞<日本>の人々のプロフィールが描かれている。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-01-05 05:51 | トピックス | Comments(0)

杉浦重剛座談録

 杉浦重剛には、弟子がまとめた<杉浦重剛座談録>がある。
 弟子である猪狩史山、中野刀水が伝記、詩歌集以外で、書き留めていた杉浦の語録を一冊にまとめたものである。内容的には、人物談、回顧談、時評談などがあり、同時代を知るいい資料となっている。

 中に新聞日本についての言及がある。

<三十余年前同志と事を謀りし際の連判帖を示し、語をついで曰く
此の連判帖にある人達と、日本新聞といふものを起したのじやが、一人減り、二人減り、今は生き残っている人も数える程しかなくなってしまった。 当時同盟今四散と歌われる度に真に断腸の思いがある。これから先、此の精神を継ぐ者が出来て来るか来ないかわからん。これを思って諸君は非常な決心のもとに、事にあたってもらはなけりゃならん・・・だがどうじゃ、やってくれるじゃろうね>

 新聞発刊にあたっての連判帖があったようだが、今は失われてしまったのだろうか

  たかぎ  
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by kuga-katsunan | 2007-01-03 00:07 | トピックス | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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