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カテゴリ:トピックス( 163 )

ミシュレと司馬さん

 12月10日、立命館大学で開催される「近衞篤麿とその時代」というシンポジウムで近衞篤麿と羯南について話をさせて頂く予定です
 あれやこれやと準備をしている中で、学生時代に読んだミシュレを読み直してみたくなり、娘に北京まで持ってきてもらいました。
 パラパラとめくっているうちに月報が出てきて、この巻の編集担当の桑原武夫先生と司馬さんの対談が掲載されていました。ああ、こんなところにも、と司馬さんの足跡の広さに改めて感心。

 「フランス革命史」を読まさせていただき、驚いたのは、文章のうまいことですね

          (世界の名著 第37巻 ミシュレ 中央公論 1968年1月) 
 
 と冒頭で褒めています。もちろん、日本語訳を褒めているわけですが、桑原先生門下の多田道太郎、樋口勤一、京都大学人文研究所の両助教授が翻訳していたわけで、薫陶が行き届いていたことが分かります。

 興味深いのは、ミシュレの講義を聞いた詩人ハイネが
「ミシュレ先生は、学生のあいだで象徴先生と言われている」
 と伝えているエピソードです。

 「ミシュレは歴史のあいだから、ぴゅっぴゅっと象徴を選ぶのですね」

と桑原先生は語り、マラーを暗殺したことで歴史に名前を残している少女シャルロット・コルデの例をあげています

 「この子がほとんど白ずくめの着物を着ていたということ。その白のトーンにこの可憐なきむすめの純真な、清潔な愛国心の感じが出ているのです。純真とか可憐ということはひとことも書いてないですよ。」

 この話に司馬さんは

 「すぐれた象徴をつかまえることができるひとというのは、これはやはり天才ですね」

とうけています。

 司馬さんの作品を読んでいて、まさにこうした象徴をつかまえて、いろんな人物が生きかえってきているような場面があちこちにある。ミシュレを読みながら、こんな歴史の森の中にわけいっていた先人の歩き方を学んだりしていたのかな、と思ったりもします。

 たかぎ 
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by kuga-katsunan | 2016-11-07 02:17 | トピックス | Comments(0)

羯南没後110年に向けて

 来年2017年は、羯南の没後110年の年にあたる

 2007年の没後100年には、地元弘前市で、記念の展覧会も開かれ、その業績が偲ばれた。
更に10年が経過して、日本のアジア地域、また世界の中で、おかれている状況は、ますます複雑化し、改めて、もし羯南が今も生きていたら、何を訴え、何を為したであろうかと、問い直される機運が高まっているようにも思える。

 先月、弘前で開かれた陸羯南会の総会に出席させて頂いたが、今、まさに青森から中国の天津への直行便就航の議論がなされているという。
かって、鉄道が青森まで延びるときに、その効用を羯南が説いたことがあったが、地元から中国へ直接行けるようになるかもしれない事態を見た時、彼が何を訴えるか
 
 奇しくも、1901年に羯南が、近衛篤麿の誘いで中国を訪問をした際に、最初にその一歩をしるしたのは天津であった。今や、日本のほとんどの地方空港に中国各地からフライトが実現するようになった事実は、単なる<爆買い>招聘のみならず、中国からの目線では、そこに別の企図があるものと、考えたほうが良いのではとも思えてくる。

 その背景にあるものは何なのか
そして、また多くの観光船が、日本の港に、中国の観光客を運んできている。今は、観光客であるが、それを運びながら、今後、何をしようとしているのか

 没後110年に向けて、彼が育てた人材の振り返りとともに、彼が見た国際環境と現在の国際環境を比較しつつ、彼の視点の現代における意義を改めて検討することは、深い意義を有しているものと思量される。

たかぎ

 
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by kuga-katsunan | 2016-03-12 05:25 | トピックス | Comments(0)

「海難1890」と山田寅次郎

 2015年12月から全国の映画館で「海難1890」が上映されている。この映画は日本・トルコ合作で、日本側の主演は内野聖陽、忽那汐里である。必ず複数回にわたって涙が出ると思われるので、最近泣いていないあ~とお思いの方には是非お勧めしたい。

映画の内容は、やまださんが2009年8月18日に書いた「100年忘れぬ恩義」、2010年2月9日「トルコ軍艦調査」に詳しいのでここでは割愛する。

ウイキペディアによれば、山田寅次郎(山田宗有とも、1866-1957)は、茶人で実業家。1892年にオスマン帝国軍艦・エルトゥールル号遭難事件の義援金を届けにトルコに渡って以来、日本とトルコとの交流に深くかかわった人物として知られている。

友人だった幸田露伴が、山田寅次郎のことを短編「書生商人」としてまとめている。

1890年にエルトゥールル号の遭難事件が日本中で大きな衝撃を呼ぶと、山田寅次郎は親交のあった日本新聞社の陸羯南に働きかけ、募金運動を起こした。日本中で演説会をして回り2年間で5,000円(現在の金額で1億円)の寄付を集めたという。

山田寅次郎は当時のほぼ唯一の長期滞在者として、イスタンブールを訪問する日本人に様々な便宜を供用した。山田寅次郎に接遇を受けた主な日本人には、徳富蘇峰、深井英五、田健治郎、松永武吉、朝比奈知泉、望月小太郎、池辺吉太郎、徳川頼倫、鎌田栄吉、寺内正毅、橋本圭三郎、中村直吉、伊東忠太などがいるという。

しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2015-12-29 16:27 | トピックス | Comments(0)

加藤さんのブログ

 友人の紹介で、北京で親しくして頂いている加藤さんが、ブログを始めた。

 <記者の途中下車>

 というブログですが、横浜の展覧会を見て頂き、率直なご意見を書いて頂いている。

http://blog.goo.ne.jp/kato-takanori2015 

 個人的には、以前からこの羯南の研究は、実際に新聞の現場にいらした方が取り組まれると更に深まると思っていたが、中国報道の最前線にいらっしゃる加藤さんの文章を拝読して更にその観を深くした。

 本日、発売の文芸春秋には、その加藤さんの渾身の文章が発表されるという。

 同じ中国に身をおくものとして、期待している。

 このブログの読者の皆様にも、乞う御高覧。

たかぎ 
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by kuga-katsunan | 2015-07-10 00:19 | トピックス | Comments(0)

子規博だより  

 今年、8月に松山の子規博物館で、新聞日本と子規が編集長を務めていた小日本についての講演をさせていただきました。

 先週、発行された<子規博だより>に内容が掲載されましたので、是非ご覧頂ければと存じます。

(上)、(下)二回にわけての掲載ですので、後半は、新年の春の号に掲載される予定です。

 来年は、青木先生の十三回忌、記念になるような一年にできれば、思っております。

たかぎ
 
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by kuga-katsunan | 2014-12-30 16:43 | トピックス | Comments(0)

劉鉄雲と羯南

 樽本照雄先生に、

 <劉鉄雲「三代瓦豆文」「秦漢瓦当文」跋について>

という文章がある。

少し長くなるが、引用させていただく。

「前に掲げたのは、劉鉄雲に関する新出資料である。
日比野丈夫氏よりご提供いただいたものだ。
氏のお手紙に次のようにある。

 陸羯南が中国へ行った時、劉鶚から贈られた「三代瓦豆文」「秦漢瓦当文」の二冊をもっております。
鈴木豹軒先生旧蔵のもので、辛丑六月(明治三十四年)とあり、一度、羯南全集などを調べたいと思いながらそのままになっておりました。
『清末小説』10号のリストにはその名が載っておりませんので、一文したためました。

 瓦豆文、瓦当文ともに一冊で、それぞれ拓本を綴じたものです。瓦当文の方は一つひとつ自筆の解説がついております。ともに開巻第一葉に自筆で書いたもので、瓦豆文の方には年記がありませんが、瓦当文と同時の筆であることは間違いないと思います。

 以上の説明で充分のような気がするが、最小限の補足をしておく。」

 日比野丈夫先生は、京都大学に学ばれたので、羯南の娘婿の豹軒鈴木虎雄の教授も受けていたと思われる。
 虎雄は、この書を羯南の形見として、もらったのだろうか。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2014-04-26 07:54 | トピックス | Comments(0)

ウェブスターの辞書、再び

  日本新聞社の印刷部門であった成章堂については前々から気になっていた。
以前、復刻した分県地図も成章堂の印刷であったし、近衛篤麿の北海道視察に記録である、北海道私見も同様である
  新聞日本の愛読者団体であった、日本青年会の会誌<日本青年>の裏表紙には、<浜ちどり>という小説が、やはりこの印刷所兼出版社から出ている。
  国会図書館のデータベースでは、明治33年から明治42年にかけて、この同じ名前の成章堂から出版の本が11冊所蔵されている。すべて同じ成章堂かは、精査の必要があるが、日本新聞社関係以外にも多様な出版を手掛けていたようだ。
  前にも書いたが、三宅雪嶺を囲んで古島一雄、長谷川如是閑らが、新聞日本のことを回想している座談会の資料がある。(、<日本評論>昭和10年11月号)
  そこに、日本新聞社の成章堂の事業で、ウェブスターの辞書を出したことが語られている。
ふとした偶然から、この辞書を入手した。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2013-12-22 03:51 | トピックス | Comments(0)

明治黎明期の言論界 チラシ

  大阪商業大学商業史博物館のホームページに、同展覧会のチラシが掲載されました。

http://moch.daishodai.ac.jp/files/File/meizireimeiki1028.pdf

  是非、御一覧ください。
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by kuga-katsunan | 2013-11-27 20:04 | トピックス | Comments(0)

大阪商業大学  明治黎明期の言論界

  大阪商業大学の商業史博物館で、

「明治黎明期の言論界ー陸羯南・三宅雪嶺と上方の人々」

  と題する展覧会が開催される。

  青木先生の命日をはさんだ、12月4日から21日まで。

http://moch.daishodai.ac.jp/index.html

  以下、同展覧会のパンフレットより。

「明治を代表する新聞人である陸羯南の研究は東大阪の地元作家である司馬遼太郎氏からの宿題であると考えている。
 筑波大学時代の恩師、故青木彰教授が、産経新聞記者の同僚であった司馬氏と一緒に手掛けていた陸羯南の研究を引き継いだのがスタートだったからだ

 鎖国の続いた江戸時代から、明治の新しい社会体制に転換した中、あらゆる価値観、社会的志向が変化した。
 欧米諸国の帝国主義的な植民地支配が主流であった国際環境の荒波に揉まれていた明治期の日本。

 この状況は、我々の生きている21世紀という時代、即ちアメリカと中国という二つの超巨大大国に挟まれている現代の日本のおかれている環境と酷似していると言えるのではないだろうか
 
 明治期の新聞人たち、そしてその時代を代表する新聞人の一人である陸羯南や彼が経営する新聞日本で活躍した記者たちが抱いていた国際環境への問題意識、海外諸国からの脅威は、今現在、私達が日常的に抱いているグローバル環境への戸惑い、不安感と極めて親近性があると思われる。

 その意味で、明治期を生き抜いた新聞人たちの足跡を辿ることは、グローバル環境に迷いながら、新たな社会体制の構築に悩む21世紀に生きる我々日本人に発想のヒントの一つを与えてくれる。
 
 今回展示させて頂く資料は、先ず、日本を代表する新聞資料コレクターであった中谷氏が生涯をかけて収集された明治期新聞のオリジナル資料である。
 
 また、陸羯南の盟友の一人である三宅雪嶺の研究者でいらっしゃる長妻教授が所蔵されている三宅雪嶺、長谷川如是閑らの著作、遺筆などの資料。
 
 そして陸羯南研究会の羯南の遺品、羯南を支援した近衛篤麿、杉浦重剛、天田愚庵、柴四朗、そして、新聞日本で共に働き、後に現代も続く日本の代表的な新聞各社の基礎を作った、池辺三山、鳥居素川、高橋健三、内藤湖南、中村不折らの遺墨、絵画、著書などを展示する。
 弾圧、規制が厳しかったものの、思想的には極めて自由で開放的であった時代の息吹きを感じて頂ければ、主催者一同これに勝る喜びはない。

 併せて、羯南の娘婿である鈴木虎男と共に、京都で中国研究の礎を築いた君山狩野直喜博士、中国の文人との交流も深く、自らも上海で十数年働いた長尾雨山らの遺墨を展示し明治以来の日中文化の縁の深さを御覧頂きたい
 
 司馬遼太郎氏の没後十七年、青木彰教授の没後十年にあたる本年、御二人の遺志を継いだ本展覧会を一人でも多くの方に御覧頂けるよう祈念してやまない。」
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by kuga-katsunan | 2013-11-02 14:01 | トピックス | Comments(0)

東奥日報 陸羯南の足跡を追って 中国 遼東半島

 昨年に続き、東奥日報で、羯南の足跡を中国に追った旅の連載が、9月6日から始まっております

    6日  営口
    13日 金州
    20日 旅順

と続き、27日の大連で完結予定です。

 金曜朝刊の文化面での連載ですので、是非ご覧ください
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by kuga-katsunan | 2013-09-23 17:29 | トピックス | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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