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カテゴリ:ニュース( 95 )

東邦協会報告  パンフレット

  今週、発行の「東邦協会報告」のパンフレットが、ゆまに書房さんのHPにUPされました。

http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843342091

以下は、パンフレットの主要部分です。


明治二四年、東洋諸国と南洋群島の 調査・研究のために創立された東邦協会の機関誌。 近代日本の対外認識を知る上で極めて重要な資料。

【本書の特色】
●日本がアジアや世界に目をむけはじめた明治中期の潮流を体現する雑誌の復刻。
●政官財界、軍、言論界、学界などで当時あるいはその後活躍した人物が加わった東邦協会の機関誌である。
●各執筆者の全集未収録の論説などを含む。
●最終巻に詳細な総目次と解題(朝井佐智子)を付す。

◆……東邦協会報告………◆
◆1891(明治24)年、東洋諸国および南洋群島との通商、移民のための調査・研究のために創立された東邦協会の機関誌「東邦協会報告」(全38号)は1894(明治27)年に「東邦協会会報」と改題され、1914(大正3)年まで続いた(全231号)。
本企画はまず、初期の「東邦協会報告」を取り上げる。
月刊で、各号128頁程度。

◆東邦協会の会員は多彩な顔ぶれであり、欧化政策や対欧米中心の外交から、アジアに目を向ける流れの中で、政治家、ジャーナリスト、官僚、学者、経済人などが加わっている。
★主な当初会員:

板垣退助、伊東巳代治、犬養毅、池辺吉太郎、井上哲治郎、原敬、星亨、尾崎行雄、岡倉覚三、渡辺国武、河野広中、谷干城、田口卯吉、副島種臣、中江篤介、榎本武揚、陸実、矢野文雄、福本誠、小村寿太郎、岸田吟香、三浦梧楼、三宅雄二郎、柴四朗、志賀重昴。

★後の主な入会者:

伊藤博文、井上毅、岩崎弥之助、岩村通俊、頭山満、徳富猪一郎、勝安芳、金子堅太郎、樺山資紀、嘉納治五郎、高田早苗、村山龍平、内田康哉、松方正義、益田孝、後藤象二郎、近衛篤麿、児島惟謙、加藤高明、宇垣一成、松永安左ヱ門、秋山真之、渋沢栄一。

◆記事の内容は多彩であり、執筆者それぞれの全集未収録の論説なども多く含まれている。基本的に東洋に関する論説・記事・報告等が中心だが、それ以外の地域のものも少なくない。


監修にあたって

安岡昭男(法政大学名誉教授)

 筆者が国立国会図書館に通い、東邦協会の機関誌(報告のち會報)全巻(欠号は他館で)を通覧検索し、「東邦協会についての基礎的研究」を大学紀要に掲載したのが一九七七年、補訂して、論集『明治前期大陸政策史の研究』に収めたのが一九九八年であった。

 爾来今日に至るまで管見では東邦協会に関する本格的研究に接しない。僅かに『東亜』(霞山会)の四一四号(二〇〇一年)に狭間直樹「初期アジア主義についての史的考察」5 第四章 東邦協会について」がある。霞山会は東亜同文会の精神を継承。『東亜同文会報告』は復刻版が、ゆまに書房から出ている。

 昨年、愛知淑徳大学の西尾林太郎教授から学位請求論文審査の副査を依頼されたが、論題が東邦協会と聞いて快諾した。この学位取得の当人こそ、ほかでもない、解題執筆者の朝井佐智子氏である。網羅的で綿密な調査検討を施し、先行研究より格段に歩を進めた。全巻復刻という出版社の英断とともに、解題に最適の担当者を得たことを喜びたい。


有山輝雄(東京経済大学教授)

 一八九一年に設立された東邦協会は、その事業として「東洋諸邦及ひ南洋諸島」に関する地理、商況、兵制、殖民、国交、近世史、統計を講究することをあげている。実際、その機関誌『東邦協会報告』には、識者の論説とともに、東アジアや南方に関する実に様々な情報が掲載されている。それら情報は、当時にあって貴重な情報であって、東邦協会が一時は一二〇〇人にも及ぶ会員を擁した一因もこの豊富な海外情報記事にあったことは推測に難くない。明治期には海外事情に関する情報を入手する方途は限られていた。無論、質量とも豊富な情報をもっているのは外務省であるが、それらが民間にまで公開されていたわけではない。特に、問題となるのが東アジアや南方に関する情報の乏しさである。もともと日本にとって身近な存在である、これらの地域の情報が少ないというのは奇妙な事態であった。

 開国以来、日本は必死になってありとあらゆる領域に関する情報を海外から入手しようとした。そのために岩倉具視をはじめとする政府要人自ら視察の旅に出たし、数多くの留学生が政府費用で派遣された。

そうした努力によって多くの情報が集積されていった。しかし、それらの情報は主として欧米に関わる情報であったのである。明治中期に日本が政治・経済などで東アジアと直接的関係をもった段階で、それら地域に関する情報が意外に乏しい実情があらわになってきた。しかも、それらに対応する政府機関・学術機関も貧弱であったのである。そこに東邦協会のような民間団体が活動する余地があり、彼らが収集した情報は社会全体からみても貴重なものであった。

 それら活動に従事した者たちには、一筋縄ではいかない複雑な思惑があり、今後研究を深めていかなければならないが、『東邦協会報告』は近代日本の対外認識を知るうえで極めて重要な資料になっている。今回の復刻の意義は大きい。
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by kuga-katsunan | 2013-06-23 16:07 | ニュース | Comments(0)

羯南資料復刻シリーズ第五弾 東邦協会報告 復刻へ

 お蔭様で、羯南関係の資料の復刻も第五作を迎えます

今回は、東亜同文会に先立ち、明治二十四年に副島種臣を中心につくられた、南洋、アジアを総観する団体が、東邦協会である。

 http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843342091

 今月に第一期が刊行予定、年内に完結予定です。

 アジアが注目をあびている今、十九世紀の日本は、どう見ていたか

 乞う、ご期待

たかぎ                             
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by kuga-katsunan | 2013-06-10 22:58 | ニュース | Comments(0)

村山先生 弘前講演 5月11日

  早稲田大学村山先生の「陸羯南の漢詩ー同時代漢詩人との交流」と題する講演が弘前で開催されました。

  非常に堅いテーマですが、羯南理解のためには重要なテーマで、50人近くの皆様に聴講していただき、大変盛況となりました。

 明治中期は、西欧文明の導入の中でも、一方の伝統的な漢詩文化の最盛期でもあったという。オリジンは、中国文明だが、日本独特の文化の一部ともなった。

 新聞日本の発行停止の理由の多くは、羯南らの論説にあったが、青崖の評林の時事漢詩も、政府の怒りをかった大きな要因だったといわれている。

  「日本新聞が明治二十二年から二十九年まで八年間に受けた発行停止の数だが

    黒田内閣の下に三回       三十一日間

 山県内閣の下に二回       三十二日間

 松方内閣の下に二回       二十九日間

  伊藤内閣の下に二十二回       百三十一日間

 松方内閣の下に一回       七日間

  合計   三十回         二百三十日

という数だ。これでは、新聞の経営はなりたたない。」

(古島一雄 「一老政治家の回想」 中央公論社 )

  新聞にとっての漢詩の重さが大きかった時代だった。

たかぎ






     
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by kuga-katsunan | 2013-05-19 21:23 | ニュース | Comments(0)

弘前 陸羯南会 講演会 5月11日

 演題  陸羯南の漢詩


     同時代漢詩人との交流

  講師  村山吉廣先生  早稲田大学名誉教授


    平成25年5月11日  午後3時から

   コミュニケーションプラザ多目的ホール

村山先生略歴

   1929年生まれ、古典中国文学者者、早稲田大学名誉教授。早稲田大学文学部卒業。同大学文学部教授。1999年定年退任、名誉教授。日本詩経学会会長・日本中国学会顧問・斯文会参与。専門は中国古典学(特に詩経学)漢文学、江戸・明治漢学。
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by kuga-katsunan | 2013-04-21 18:30 | ニュース | Comments(0)

旧上伊那図書館所蔵 新聞日本

  青森の羯南会の関係者でもある東奥日報の方から、新聞日本の所蔵情報をお教えいただいた。

長野県の旧上伊那図書館に日露戦争期間の新聞日本が所蔵されているという。

 以下は頂戴したメールのご紹介。

 「旧・上伊那図書館
(上伊那教育会が昭和5年に設立した財団法人の図書館でH6まで伊那市立図書館でもあった)収蔵。

  日露戦争期、明治37年1月から明治38年12月までの日本新聞社「日本」を綴じて合本したもの。
  
  この時期の発行人は陸羯南と共に正岡子規逝去後に「子規言行録」を編んだこともある小谷保太郎という人。

   日露戦争実記(日本新聞合冊)
第一巻 M37.1.1-3.31 開戦
第二巻 M37.4.1-6/30 汽航全州丸及常陸丸の惨事
第三巻 M37.7.1-9.30 大山総司令官出発 旅順背面攻撃
第四巻 M37.10.1-12.31 露国東洋艦隊全滅 海軍司令長官東郷大将帰国
第五巻 M38.1.1-3.31 陸軍大激戦大勝 旅順開城並奉天付近会戦
第六巻 M38.4.1-6.30 日本海大海戦敵艦全滅 米国大統領講話勧告公表
第七巻 M38.7.1-9.30 平和克復 国民大会 国民憤慨 日英同盟
第八巻 M38.10.1-12.31」


  この建物は建築としても貴重なもので、ブログで紹介されていらっしゃる方も多い。

市の指定、有形文化財で、洋風建築、平成 20年8月27日に指定された。1930年(昭和5)の建築で、伊那市荒井3520にある。
床面積1,330.13平方メートル、鉄筋コンクリート造(一部木造)、4階建、
文化財概要によれば、

「昭和5年に完成した建物で、当時の長野県内において鉄筋コンクリート造に実績のある黒田好造が設計し、岡谷組の施工によって建てられた。

大正末期から昭和初期の思潮を良く反映した近代建築である。

外壁には地元高遠焼きのテラコッタタイルが使用されるなど、貴重な昭和初期の洋館である。実業家・武井覚太郎の厚志によって建てられた」

  伊那は、新聞日本出身の画家、書道家の中村不折の故郷である。

 今年は、不折の没後七十年にあたる。

亡くなった昭和18年は、言うまでもなく太平洋戦争中である。

 不折は根岸の羯南の旧宅の向かいに住んでいたが、この辺りは昭和二十年五月十三日の空襲で焼失した。

 羯南の旧宅もその隣家の子規の旧宅も、そして向かいの不折の旧宅の大部分も焼失した。

羯南の次女と結婚した鈴木虎雄も今年没後五十年になるが、その空襲による焼失を嘆き漢詩を読んでいる。

  「陸羯南先生故宅

    二十一日作 乙酉五月十三日夷機来襲

    東京羯南先生故宅及子規庵皆帰灰燼

    故宅在下谷区上根岸八十三番地

    子規庵在隔隣南鶯横町


  鵲去鳩来憾有餘

  子規庵北臥龍廬

  蓮池竹塢成焦土

  不滅文章照劫壚  」
  

  伊那の諸氏は故郷出身の中村不折の活躍を読んだのかもしれない。

  日本画報の前身である日露戦時旬報も諏訪の図書館で見つかった


  桂湖村、鈴木虎雄の故郷である新潟の図書館にも新聞日本が多く所蔵されているという。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2013-02-10 08:27 | ニュース | Comments(0)

羯南の年賀状

  たまたま羯南の年賀状について書いていらっしゃるブログをみつけた。

  <切手と文学>というブログである。

http://ikezawa.at.webry.info/201002/article_1.html

   2010年2月に書かれたブログには、明治30年に羯南が稲垣満次郎に出した年賀状が、裏表ともに写真入りで紹介されている。

   新春之御慶芽出度申納候 

   明治三十年一月一日

        陸 實

  と印刷された年賀状。

  以前、羯南が、松永聴剣に出したはがきを何枚か拝見したことがあったが、表に書かれた陸實のサインはまさしく羯南のもの。

  是非一度実物を見たいものです。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2013-01-23 21:31 | ニュース | Comments(0)

稲葉克夫先生に東奥賞

  以下、12月9日の東奥日報さんから抜粋。
 

 「東奥日報社が産業、学術、文化などの各分野で活躍し、郷土の発展に貢献した個人や団体に贈る「第65回東奥賞」の贈呈式が8日、青森市の青森国際ホテルで開かれた。

 本年度は伊調馨さん(28)=八戸市出身=に東奥賞特別賞を贈呈。小原日登美さん(31)=同、古川高晴さん(28)=青森市出身、高田寄生木(やどりぎ)さん(79)=むつ市、稲葉克夫さん(80)=弘前市=の4個人と光星学院高校硬式野球部(八戸市)の1団体に東奥賞を贈った。

  稲葉さんは市町村史(誌)編さんや陸羯南、安藤昌益の研究に取り組み、本県郷土史の発展に尽力した。

 受賞者のうち、伊調さんと小原さんには11月に、それぞれ八戸市と東京都で贈呈しており、贈呈式には古川さん、高田さん、稲葉さんと光星学院高校硬式野球部の田村龍弘主将が出席した。

 東奥日報社の塩越隆雄社長が賞状とメダルを手渡し「努力を積み重ね、著しい成果を上げてきた。さらなる活躍を心から願います」とあいさつ。来賓の三村申吾知事は「本県のスポーツ、学術・文化の振興に大きな力を与えてきた。一層の活躍を期待しています」と祝辞を述べた。

 県アーチェリー協会の後藤秀喜会長、弘前川柳社副主幹の■瀬霜石さん、康安外科内科医院の鳴海康安元院長、県高校野球連盟の佐藤萬昭会長がそれぞれお祝いの言葉を述べ、古川さん、高田さん、稲葉さん、田村主将が謝辞を述べた。

 東奥賞は1948年、東奥日報創刊60周年と紙齢2万号を記念して制定。今回を合わせて153個人78団体に東奥賞、9人に特別賞、7人に特別顕彰、2人に特別栄誉賞を贈っている。

●受賞者の声

 ▼力及ぶ限り研究/稲葉克夫さん

  業績といわれるものは、多くの方々の教導のたまもの。

天の時、地の利、人の和という、幸運の巡り合わせと思っている。

これからも力の及ぶ限り、歴史の山へ分け入って研究を深めていきたい」
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by kuga-katsunan | 2012-12-12 21:55 | ニュース | Comments(0)

東亜同文会報告の復刻完結

  羯南が初代幹事長をつとめていた東亜同文会の機関誌<東亜同文会報告>の復刻版全26巻128冊が完結し、東奥日報に紹介されました。(2012年11月22日夕刊)

  http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2012/20121122160206.asp

以下、記事の一部になります。

  「陸羯南(くが・かつなん)研究会(東京、高木宏治主筆)が進めてきた「東亜同文会報告」の復刻が、

  最終第3回刊行にこぎ着け、計128冊の復刻が完成した。

  前身の「東亜時論」も復刻済みで、所在が確認されていない「東亜同文会報告」の第1~4回号を除いて

  全ての復刻が完成した。

  高木主筆は「会員の多かった青森県内に未発見号が存在する可能性がある」として、

  捜索を続ける方針だ。」
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by kuga-katsunan | 2012-11-24 05:52 | ニュース | Comments(0)

毎日新聞  司馬遼太郎と青木彰展

  毎日新聞で、以下紹介されました。


  http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddlk08040080000c.html

「司馬遼太郎と青木彰展:ジャーナリストの果たす役割知って 筑波大できょうまで /茨城

毎日新聞 2012年10月07日 地方版


 筑波大で6日、「司馬遼太郎と青木彰10+件名誉教授」展が始まった。青木氏(03年死去)は元産経新聞社記者で、同社で司馬10+件遼太郎の1年後輩だった。両氏の著作や資料のほか、協力して研究を始めようとしていた明治の新聞人、陸羯南(くがかつなん)(1857〜1907)の貴重な史料を出展。7日まで開かれる。

 青木氏は78〜89年に筑波大現代語・現代文化系教授を務め、その傍ら自宅でマスコミ志望者を教えた。同展で初公開された司馬10+件が青木氏に出した手紙(複写)は、5枚の原稿用紙に「よきジャーナリストをそだてること、みごとな御方針だと思います。たれか、講師をよんできて“陸羯南と新聞『日本』の研究”というのをやりませんか」などと書かれている。

 同展では陸羯南が明治中期に主筆兼社長として発行した新聞「日本」の現物も展示。同紙は権力に対し毅然(きぜん)とした論調を張り、正岡子規らが記者として活躍した。

 青木氏の教え子で筑波大非常勤講師の高木宏治さん(55)は「2人の業績を振り返って、ジャーナリストが果たす役割を考えるきっかけにしてほしい」と話している。会場はつくば市天王台の筑波大・大学会館2階マルチメディアルーム。午前10時〜午後4時。【安味伸一】」
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by kuga-katsunan | 2012-10-08 19:17 | ニュース | Comments(0)

産経新聞 「司馬遼太郎氏の手紙 筑波大で初公開へ」

 3日の産経新聞に紹介されました。

以下、産経ニュースから

「作家の司馬遼太郎氏が生前、産経新聞時代の同僚だった故青木彰筑波大学名誉教授に送った手紙が

6、7日、筑波大学で開かれる「司馬遼太郎と青木彰名誉教授展」の中で初公開される。

 手紙が書かれたのは昭和53年頃。

この中で司馬氏は、大学教授に転身したばかりの青木氏を「よきジャーナリストをそだてること、

みごとなご方針だと思います」と激励。

正岡子規ら幾多の文化人やジャーナリストを育てた明治の新聞人、

陸(くが)羯(かつ)南(なん)の研究を勧め、自身も「大風に灰をまいたような話をしてもいいです」と

研究の「露払い役」を買って出ている。

 青木氏は司馬氏没後、司馬遼太郎記念館建設に尽力。

メディアのご意見番としても活躍し、平成15年に死去。

遺志は教え子の高木宏治さん(55)らに引き継がれ、同展でも陸が主筆を

務めた新聞「日本」の一次資料が多数展示される。

 高木さんは「手紙から2人の絆の深さが伝わってくる。

 展示会をきっかけに陸研究の裾野を広げていきたい」と話している。

 会場は茨城県つくば市天王台の筑波大学会館。

 問い合わせは、同大広報室(電)029・853・2040。」
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by kuga-katsunan | 2012-10-04 01:03 | ニュース | Comments(0)




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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