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新聞日本 創刊120周年

 今日で、新聞日本は創刊120周年を迎えた。

 羯南時代は明治22年から明治39年の18年間、その後、伊藤社長のもとに大正2年まで。
その発行されていた時期は短かったが、振り返ってみると、新聞日本から巣立った言論人はその後の新聞各紙の中核をなした。
 調べていくほどに、その人材は日本国内のみならず、台湾、朝鮮、大連で発行されていた邦字紙の主力にもなっていたことがわかる。
 羯南は、人材を引きよせ、彼らを育て、そして大きな意味で日本のジャーナリズムの背骨を創造したことが大きな功績であった。
 その意味でこの創刊120周年は、日本のジャーナリズムが共通に共有できる<創刊>ということが言えよう。

 昨年、日本画報の復刻を行うとき、その資料の多くを富山の北日本新聞博物館の所蔵資料によった。
 その際、北日本新聞の方から、その社名が羯南の新聞日本によっていることを教えて頂いた。

 日本が戦時体制に移行するなかで、各地にあった地方の新聞は各県1紙に統合されていった。富山にあった北陸日日、北陸タイム、富山日報、高岡新聞の4紙が昭和15年に統合されて新たにできあがったのが<北日本新聞>であった。

 <新紙名はいろいろ候補名が挙げられたが、加藤金次郎の主張する「北日本新聞」が四社のどれにも類似せず、最も無難であるということで全員の一致を見た。>
(北日本新聞百二十年史)

 加藤金次郎は北陸日日新聞の経営者で、新聞経営に乗り出そうとして、昭和8年富山新報を買収した際に、敬愛する陸羯南にちなんでその紙名を<北日本新聞>にしようとしたことがあった。
その際は
<東北、北海道の新聞に間違われやすいといわれ、自案を引っ込め、北陸日日新聞にしたといういきさつがあった。>
(富山県言論の軌跡、北日本新聞社)

 加藤にとっては、昭和15年の4紙統合は二度目の挑戦であったわけであったが、その熱意が実り、その社名は21世紀の現代にも生きている。
 そしてここにも羯南の精神が生きている。

たかぎ

 
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by kuga-katsunan | 2009-02-11 20:05 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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