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《黄泉還り対談》 陸羯南---正岡子規について語る

 子規と陸の娘達

問   先生のお子さん達と子規との事について話して頂きたいのですが。

陸   「家には萬亀、鶴代、幾子、巴、しま子、ますえ、五十子(いそこ)と七人の子供が居りまして、全部女の子です。男の子も生れたのですが、明治三十三年二月に二歳で亡くなりました
    正岡の家に出入りしていたのは五女のしま子まででしょう。
    色々あるようなんですが・・・。何から話せば良いのか・・・」

問   それでは、鴨騒動のことについて。

陸   「ある日私が家に帰ると、家内が「お律さんがいま風呂に入っているのだが、鴨を預かって困っている」という話でした。正岡さんでは時々我家の風呂を貰いに来ておりまして・・・、律さんが風呂から上がって、話を聞いたら、高浜君が、『お歳暮』に小鴨の番を持ってきてくれた。
 病人の慰めになればと思ったのでしょう。それを縁側で飼いはじめたが汚したりなんなりで始末に負えない。母親に言っても『病人が喜んでいるのだから、我慢しましょう』と言う。
なんか良い解決方法はないでしょうか。ということなんです」

問   それでどうされたんですか。

陸   「うちに庭があってそこに小さな池を掘っていたんです。その池に小鴨を飼うことにして、翌朝正岡君の枕元まで行って『うちの娘達がおたくの小鴨がほしいと言っているので、譲ってくれませんか』とお願いしました。

正岡君は小鴨の事位でなんで隣の主人がしゃしゃり出て来るのか訝しがった様ですが、兎に角譲り受けて貰い、小鴨騒動は納まったのです。その後正岡君は、娘の顔を見ると『鴨はどうしてる』と聞いていたようです。
その直ぐ後の正月に、正岡君は私にその小鴨が見たいと言って来ました。
私は、家に居た書生達を迎えにやりました。その頃は殆ど寝たきりでしたので、風邪を引かせないように、戸板に布団を敷いてそこに寝かせて我が家の座敷まで運んだのが思い出されます」    
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by kuga-katsunan | 2009-01-10 10:02 | 研究 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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