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大連だより  末永純一郎の墓所

  20年来の中国畑の友人のかたが北京に駐在していらっしゃる。
先日、大連出張のおりに、末永純一郎の大連の墓所について調べてきてくださった。

  ご自分のブログでご紹介いただいているので転載させて頂く。

<今回大連に行ったついでにお知り合いの調査に協力しました。

 それは100年前に大連で新聞を発行した人のお墓を探すと言うものでしたが、やってみると色々と新たな出会い、発見がありました。

 先ず大連駐在の日本人で一番歴史に詳しいと言われているKさんとお目に掛かりました。
現在要職に就いておられますが、学生時代は東洋史を専攻されたとのこと。
実は私も高校生までは史学科志望でしたので、非常に興味深くお話を伺いました。

『大連の歴史は僅か100年、それでも資料は膨大。仕事が無ければ色々できるんだけど。』

ということで、サラリーマンの私としても同感でした。

 また本年78歳のおじい様(中国人)ともお会いしました。
ホテルのコーヒーショップの中国人スタッフが全く気付かないほど、その物腰と言い、日本語と言い、日本のおじいさんそのものでした。
 20年前台湾に駐在した際、このような方(自分の祖父や父と同じ雰囲気を持っている)とお会いしましたが、大連でお会いできるとは思いませんでした。
 大連の小中学校で日本語教育を受け、現在も日本人同窓生と同窓会をやっておられるとか。また日中友好のために、日本人との積極的な交流を目指す会の理事もされています。

 勿論戦前の日本人墓地の場所、その後変遷などにも詳しく、多くを教えて頂きました。

 上記お二人のアドバイスで図書館も訪ねました。

 旧満鉄図書館に行くと、何でも知っている感じのおじさんが色々と教えてくれました。

 探す資料は全て大連図書館にあるということで、立派な本館にも行きましたが、残念ながら資料は整理されておらず、また100年前の新聞などは傷みが激しく、現物の閲覧は適いませんでした。

 しかしマイクロフィルムで保存している漢語誌を一部見せてもらい、初めて一級資料を眼にしました。

 そこには1912年の日本と中国の様子が広がっており、歴史を志した頃の感情が蘇り、感慨深いものがありました。

自分は一体何がしたいのか、昔は一体何を考え、そしてここまで来たのか、自らを再認識するきっかけを作る旅となりました。>

(香港老板茶荘:11月30日)

http://hkchazhuang.ciao.jp/diary/2008011bj.html

大連の写真はこちらになります

http://hkchazhuang.ciao.jp/gallery_bj/dalian2.htm

  なんと、末永純一郎の発行していた新聞<遼東新報>は、満鉄図書館に所蔵され、その資料はそのまま、今の大連図書館に引き継がれているのだ。

  明治34年7月から8月にかけて、近衛篤磨と陸羯南も、中国、朝鮮をめぐる視察の旅で大連を訪ねている。

  新聞日本が無くなったあとも、羯南の志を継ぐものたちは、台湾、朝鮮、そして中国へと雄飛し、アジアの各地で新聞を作り続けた。

  舞台は、いよいよ海外へ。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2008-12-14 22:17 | 紀行 | Comments(0)
<< 卒業の歌  国分操子先生 陸羯南の書④ >>




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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