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羯南の肉声

 羯南の百一回目の命日が過ぎた。

 昨年の百回忌には、弘前でシンポジウムなどが開催された。
これは今後の羯南研究の大きな礎石になったと思う。

 ちょうど一年前のこのブログでは、

<羯南は、欧州旅行の疲れ、帰国後の経営困難が重なり、病勢が進み、明治40年9月2日、静養中の鎌倉の別荘で帰らぬ人となった。家族のこと、新聞のこと、心残りが多くその心中、察するに余りある。

 (中略)

 たしかに羯南が経営のために奔走しているときに、誰か、経営と編集を分離して、羯南に編集、論説の作成に専念できるように、助言をするものはなかったのか。
歴史にIFはないが、<記者>に専念できた羯南が、その後の日本の変転に対しどのように評したか、聞いてみたかったが、それも今は虚しい。

 今、せめて我々にできるのは、20世紀の泥沼から抜け出したにも拘わらず、再び各国のナショナリズムが勃興し始めている現代にあって、国と民族と個人の存続を賭けて悩み、議論した羯南たちの考え方を、如何に現代に活かすか、ということなのであろうか。

 没後百年、今、甦る羯南の声に耳を傾けたい。>

と、書いた。

 羯南の書いたものは、勿論彼の声ということになるが、本人のもっと肉声に近いものはないかと探し続けていた。

 近衛篤磨と羯南のことを調べていくうちに、東亜同文会活動がでてきた。

東亜同文会は、明治31年羯南等を中心に組織された東亜会と篤磨等を中心に組織された同文会が合併して出来上がった団体である。この会は19世紀末から20世紀初頭の日本とアジア、中国の関係を考えていく上で非常に大きな意義をもっている。

 この会の機関誌があった。
初期は<東亜時論>としていたが明治32年12月から<東亜同文会報告>という名前に変わった。この機関誌には種々の論文と併せて東亜同文会が開催した講演が掲載されていた。

 東亜同文書院の後裔である愛知大学の図書館の皆様の御厚意で内容を教えて頂いていくうちに
   <陸実君講話>

という記事があることがわかった。

  講演の題目は

   <東亜の平和>
     <附 満州開放の利益>

とされていた。

 羯南は、その中で

<私は平和と云ふことに就て一寸考へた事がありますから、それを申上げやうと思ひます>

と語りはじめている。

たかぎ


 


 
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by kuga-katsunan | 2008-09-03 04:54 | トピックス | Comments(0)
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