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「柴四郎」という生き方  その一

 会津若松市にある「会津武家屋敷」の資料展示場の吹き抜けには、巨大な垂れ幕が掲げられている。そこには、会津藩出身で、陸軍少将、貴族議員も勤めた山川浩の歌が記されてある。

 明治十年西南戦争に政府軍の征西別働第二旅団の参謀として、出征する際につくられた歌である。

    薩摩人(さつまびと)みよや東(あづま)の丈夫(ますらを)が
        提げ佩く太刀の利(と)きか鈍きか

 政府軍として出征すること自体に懐疑的なものもいたようだが、多くの元会津藩士は、明治維新の屈辱的な仕打ちに対する復讐の思いを、この出征によって一挙に晴らそうとした。

 そして、その出征から120年以上も経過した今日にあって、今なお、こうした巨大な垂れ幕が、郷土の歴史を語る資料館に掲げられているという事実に、会津人の根深いこだわりが伝わってくる。

 本稿で取り上げる柴四郎も、山川浩の編成した別働軍の一員として、この西南戦争に参戦している。このとき四郎は24歳、この参戦は彼のその後の人生を大きく変えるきっかけとなる。

 「ある明治人の記録」(石光真人編)では、四郎が出征する場面が、弟であり、北京籠城で世界的に名声を博し、陸軍大将まで勤めた柴五郎の言葉で語られている。

<三月二十七日、四郎兄の書に接す。
 
 「今日薩人に一矢を放たざれば、地下にたいし面目なしと考え、いよいよ本日征西軍に従うため出発す。凱旋の日面会すべし。学業怠るなかれ」

 病弱の四郎兄、床を蹴っての出陣なれば、まことに心痛の極みなれど、余もまた征西の志、胸中にたぎり、闘志炎となれる砌(みぎり)なれば、あえて兄の壮途を止めず、ただ無事凱旋されんことを祈るばかりなり。>

 「床を蹴って」というのは、四郎は生来病弱で、熱病に悩まされ続けてきたことを指す。
後に触れるが、この病は、至る場面で彼の運命を左右していくことになる。

 いづれにしても、柴四郎はこの西南戦争を経て、大きな転機を迎える。

やまだ
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by kuga-katsunan | 2008-02-14 22:31 | 研究 | Comments(0)
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