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二つの創刊120周年

 新聞日本は、よく知られているように、今日から119年前の、明治22年2月11日、大日本帝国憲法発布の日に創刊されている。

 前年に、株式新聞であった東京商業電報を買い取って<東京電報>として再スタートした新聞日本は、東京電報の創刊がスタートと考えると、その創刊日明治21年4月9日がもう一つの創刊日ということになり、今年の4月9日が創刊120周年ということになる。

 羯南が若き日に故郷青森で編集長を務めていたのが青森新聞である。

青森の東奥日報のホームページの<本社小史>には、その歴史が語られている。

<明治10年(1877) 3月   「北斗新聞」発刊(翌年8月100号で廃刊)>

 この北斗新聞の創刊者は、斗南藩即ち会津藩の小川渉である。小川渉の件は、やまだ君にお願いするとして、その後継として

<明治12年 3月 6日 「青森新聞」発刊>

 羯南は、明治12年の明確な日月は不明だが、後半には同社に入社し、編集長を務めた。翌年6月25日には、彼の名前が青森新聞の編集長欄から消えている。青森新聞自身もその年には廃刊となった。

<明治17年 9月 1日 「秋田青森函館新聞」発刊。翌年10月廃刊>

これらの新聞は、皆短命に終わっている。

そして
<明治21年 11月22日青森寺町61番戸に資本金6,000円で株式会社東奥日報社を設立。12月6日「東奥日報」発刊。社長兼発行人菊池九郎(弘前)印刷人小笠原宇八(青森)編集人関春茂(八戸)>
 社長、印刷人、編集人が、それぞれ弘前、青森、八戸の出身者、ということは、奇妙な符号なのであろうか。

 今年は、奇しくも、羯南の関わった新聞、東京電報と東奥日報が、創刊120周年を迎える。

 青森と東京、羯南の故地と揺籃・活躍の場の二ケ所で、創刊120年を迎える新聞のことを思う時、新聞を発刊し続けることの意義が再び迫ってくる。

たかぎ

 
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by kuga-katsunan | 2008-02-11 08:24 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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