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《黄泉還り対談》 陸羯南-正岡子規について語る その二

一)恐山

 死者の霊魂が集まると言うその山は、真夏の陽光が降り注ぎ、とても鎮魂の場所とは思えない明るさに満ち溢れていた。登るにつれて硫黄の臭気が鼻を突き、岩だらけの山肌は頭上からの太陽に容赦無く照らされていた。
 その日は『恐山夏の大祭』の初日だった。多くの信者達は汗を噴き出しながら、緩やかな参道を黙々と歩いている。
 私と寺中さんもその中に入っていた。
 私が青森県下北の恐山を訪れたのは、百年前に亡くなった津軽の偉大な先人・陸羯南の霊に会う為であった。
 ここ恐山には、イタコが居て交霊が出来るという。イタコの口寄せは、私にとって初めての経験である。今回は下北に住む親戚の寺中さんにお願いして段取りをしてもらった。
 イタコの豊子さんは、私の為に他の人を入れずに、体を空けておいてくれると言うので、私は東京から夜行列車でやって来た。
 私は片手に一升瓶、もう一方の手には旅行鞄を持っていた。

 「これから会ってもらうイタコの人はにし、西目屋の豊子ってなす、恐山でいぢぱん評判の高い人だすけ…」

寺中さんは歩きながら、私の興味を掻きたてる様に南部弁で言った。
 私はこの暑さで返事をするのも億劫で黙って歩いていた。
 ほどなく行くと、登り坂の両側には丸太で組んだ長屋のような小屋が並んでいた。
 この小屋がイタコの口寄せ場だと言う。粗末な板やカンバスなどで畳二畳くらいに仕切られた一角では、もう口寄せが始まったところもある。
 鉦の音、木魚の音、お経の声、絶えず吹く風に煽られるカンバスの音、それに坂を登る信者の砂利を踏む足音などが、景色と入り交じり混沌の様相を見せている。
 そんな坂の途中に、表に布を垂らしひっそりした一軒の小屋があった。
 寺中さんは、真っ直ぐにそこへ向かい、布の間に手を差し込み、暖簾のように掻き分けた。
 「居だがー」寺中さんは声を掛けながら長身心体を潜り込ませた。暫らくして、布の間から私を手招きした。私もその大きな暖簾を掻き分けて中に入った。天幕の中には、身体に巻きつくような重たい熱い空気が充満していた。
 中は真っ暗で、隙間から入る光が、埃を鋭い刃物の様に際立せていた。奥に幾本かのローソクの灯が、祭壇らしきものを浮き上がらせている。
 祭壇の前に三角に盛り上がった塊があって、それがイタコの姿であると理解するのに若干の時間が必要だった。彼女は着物を十二単のように、頭から被る様に着付け、じっと座って我々を待っていたのだった。
 暗くて足元が見えない中、私達二人は見当をつけて、その十二単の前に膝を折った。
 「東京から、この前話した人は連れで来たすけ、これから拝んでけさまい」
 寺中さんは、私の手から一升瓶を取って祭壇の前に置いた。次に私に写真を出す様に促した。
 私は鞄から陸羯南の写真を出して豊子さんに渡した。豊子さんは写真を掌でなぞった。イタコの大半は盲目である。豊子さんも眼が見えない。口元で息を掛けたり、匂いを嗅いだりするような仕草がみえた。
 「ずんぶ古いフウトだな…これは…」強い津軽訛りでそう言った。
  「はい、この人は今から百年も前の津軽の人です、何とかこの人を呼んでください」

 私はそう言って豊子さんに手をあわせお願いした。
 豊子さんは、写真を祭壇に供えて何度か礼拝を繰り返した。数珠を繰り両手でガシャガシャと擦りあわせながら何事か呟いた。それはお経のようでもあるし、呪文の様でもある。
身体を上下に揺すり喉の奥から悲鳴にも似た呼吸音を発した。段々動きが激しくなり、首をちぎれんばかりに振りつづける。
 私は金縛りに遭った様に、徐々に全身がしびれて来た。心地よい空ろな気分になり意識が体を離れて行く不思議な感覚を味わっていた。ただその場の光景だけが何の感情も無く眼や耳に入ってくるだけだった。
 豊子さんは一頻り激しく動いた後、祭壇の前で突っ伏した。
 寺中さんが豊子さんの様子を覗き、ひそひそと小さい声で話しを交わした。
 「古い魂ッコだすけ、なかなか降りで来ないって経てら…」
寺中さんは私の耳にそう呟いて、再び後ろの方へ控えた。
 私は頷く事も出ず、返事をすることも出来ず、ある種の恍惚とした感情に包まれていた。
それは、廻りの物理的な環境を超越した幸福な心地さえした。

つづく
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by kuga-katsunan | 2008-01-02 10:10 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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