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新聞『日本』幻の第2号発見 親友の子孫らにより“故郷”弘前へ

  以下、先日、当会の活動の一部を描いた<東京新聞>さんの記事を紹介させていただきます。

<明治を代表するジャーナリスト、陸羯南(くがかつなん)(1857-1907年)が創刊した新聞「日本」で幻とされていた第2号が見つかった。発見者は羯南の親友で歌僧の天田愚庵(あまだぐあん)(1854-1904年)の子孫で1日、第2号が羯南の出身地、青森県弘前市の市立郷土文学館に手渡された。

 羯南は弘前藩士の家に生まれ、東奥義塾などで学ぶ。司法省法学校本科に入学し退学処分となり、青森新聞社に勤務。再び上京し太政官文書局の官吏となり、その後、新聞「東京電報」に入社し、翌1889(明治22)年に「日本」を創刊した。

 羯南が社長・主筆を務めた「日本」は、長谷川如是閑、福本日南、三宅雪嶺ら明治を代表するジャーナリストを輩出。当時、政府が進めた欧化政策に反発し「国民主義」を論調とする硬派の新聞として読者の支持を得た。97年の新聞紙条例改正まで発行停止処分が30回(計230日)にも及んだ。

 九八年、短歌革命を起こした正岡子規の「歌よみに与ふる書」を掲載するなど、子規の文学活動の舞台にも。「日本」は羯南が1906年に病のため譲渡し、14(大正3)年12月31日付が最終号(第9194号)となった。

 復刻・縮刷版は88年から91年にかけて発行されたが、第2号と第3号は欠落して存在が確認されず、新聞研究史上の空白になっていた。

 「幻の第2号」を見つけたのは、東京都江東区の郵便局長、天田晴彦さん(62)。天田愚庵の兄真武(まさたけ)から5代目の子孫だ。愚庵は子規の短歌に多大な影響を与えたほか、清水次郎長を世に知らしめた伝記「東海遊侠(ゆうきょう)伝」の著者としても知られている。

 第2号(2月12日発行、4面)の1面を見ると、「国民的の観念」の論文が掲載。「今日の国家は『国民』と言える一大観念の上に安置せらるるものにして此(こ)の観念に依るにあらざれば以(もっ)て一国の一国たる元気を発揮するに足らざるなり」(原文は旧字)などと、国民の独立の観点から急激な西欧化の危惧(きぐ)を訴えている。

 憲法発布に絡んでは、「故西郷隆盛 特旨を以て正三位を被贈」と、隆盛の死後12年を経て特赦が出されたことを報じる短信もある。

 晴彦さんは以前、愚庵の出身地、福島県いわき市の古書店「平読書クラブ」で第2号などが売られているのを知り購入。今年10月、都内の社会人研究グループ「陸羯南研究会」に委ね、日本新聞博物館(横浜市)や国立国会図書館に問い合わせて、欠落の号と判明した。晴彦さんが同会と相談し、同会の手で弘前市立郷土文学館に渡された。

 同館では「今後、どう活用するか、検討したい」としているが、晴彦さんは期待を込めてこう話す。

 「羯南生誕150年、没後100年の節目の年に、親友愚庵の血縁の私を通じ貴重な資料と分かったのも何かの縁。今後の研究に役立ててほしい」>
ひろかわ
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by kuga-katsunan | 2007-12-27 05:44 | ニュース | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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