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新聞日本の資金繰り 谷干城と近衛篤磨

 羯南は人との出会いを大事にした人なのだと思う。

 郷土の友人たち、司法省法学校の級友、北海道の紋別製糖所にいっても山田寅吉、その上司の品川弥次郎、結局この二人のバックアップもあって東京に戻ってきている。

  官報の仕事を中心とした政府関係の仕事のときにも、井上毅、青木貞三、高橋健三との関係は、官を辞して東京電報に行く大きな入口となったし、その上司たちのもっていた杉浦重剛などの人脈が、その活動を支えた。その中の一人の福富孝季が谷干城に紹介したのだという。

  東京電報から新聞日本へ転換するタイミングも、その谷を始めとするスポンサーたちの後押しもあり、引き続き社長として、これまでと違った新しいタイプの新聞を目指すことができたのだった。

  谷についての文章を考えるのに、しぶさわ君と合宿した時に、<谷干城の見た明治>という高知市立自由民権記念館の図録を見せてもらったがその最後に谷の年譜が出ていた。

 前回のしぶさわ君の紹介にもあったように谷は明治21年に東京電報(ここは、今、きしだ君が読んでくれているが)にも資金援助を始めてから、近衛篤磨が羯南の新聞に参加してくる明治35年にいたるまで延々15年にわたって援助を続けたのである。
 近衛篤磨の援助は、日露戦争直前の彼の死(明治37年1月)まで継続した。
この二人が羯南の援助者の双壁であるのは確かだが、この援助期間の差を考えると、新聞日本の資金繰りを支えたのは、やはり谷が中心であった、といえよう。

 その間の資金繰りには、当時の民間銀行に始まり、島津家、岩崎家、近衛の紹介による地方の実業家、外務省機密費、後藤新平、そして最後には<椿山荘の老人>、即ち山県有朋の名前もあがってくる。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-11-11 21:13 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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