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羯南と雪嶺  その故郷

名山 名士を出す
 此の語 久しく相伝ふ
 試みに問う 厳城の下
 誰人か 天下の賢なるぞ
       
          羯南
 
 「名山の見える土地はすばらしい士を出すが、弘前からどんな天下の賢者がでたろうか」。ふるさとへの愛惜の念がにじむこの詩を読むと、羯南の日々の心象風景に常に山があったことが想像できる。
   ×    ×    ×
 金沢は思いのほか山が近い。天気がよいと、白山の峰がくっきりと空に浮かぶ。白山を源流とする手取川などの水系は大地にしみわたって土地を潤し、野菜をはぐくみ、うまい酒を生む。人々は、無意識のうちに白山を意識して暮らしていることに気付く。

 金沢出身の三宅雪嶺も、その幼少時代、朝に夕に白山をのぞみながら日々をおくった。
 「日本人はたいていふるさとの山を持っている」(深田久弥)なら、羯南と雪嶺もまた、ともにふるさとの山を胸に抱いていた。

 ところで、先に、雪嶺の研究者が地元にあまりいないことを指摘した。
 その理由のひとつに、比較的若い時期に、雪嶺が金沢を離れたことが、あるいはあるかもしれない。が、雪嶺の逸話にはふるさとへの思いの強さをうかがわせるエピソードも多い。

 例えば、兼六園の冬の風物詩として知られる「雪つり」を懐かしみ、東京では雪が降らないにもかかわらず好んで家の庭に雪つりをさせていたこと、冬には必ず石川県の味覚である「かぶら寿司」を妻に作らせては賞味していたこと、どちらかというと人には会いたがらない傾向があったが、「金沢から来た」という人には、喜んであったこと、さらには、金沢を訪れると必ず生家跡を訪れ、老松の下で昔をしのんだこと、などである。

 石川県を地盤とする地元の北国新聞にも、「愛郷心と愛県心」「大金沢人と大名古屋人」「北国新聞の任務」など数多くの記事を寄稿した。また、講演もよく行い、北陸人の優秀性を褒め、県民に積極的な生き方を説いたという。

 北国新聞が1934年(昭和9年)に15000号発刊記念として金沢で開いた講演会では「北国人の再検討」と題して雄弁を振るい、地元の人を激励している。

こなか
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by kuga-katsunan | 2007-10-15 20:04 | 紀行 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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