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谷干城のみた明治

 新聞「日本」最大のパトロン「谷干城」を「高知市立自由民権記念館 平成9年度(1997年度)特別展図録 谷干城のみた明治」の中から拾い読みしてみる。

 谷家の系図に始まり、以下のような項目に分かれている。
干城と戦争(戊辰戦争、台湾出兵、西南戦争)
干城と政治(農商務大臣時代の外遊、条約改正反対、貴族院議員、日露戦争反対等)

干城と思想(儒教・漢学、国粋主義 ← ここに新聞「日本」創刊号や東京電報社主・陸實(羯南)と署名のある五百円の受取書の写真あり。)

干城と教育(学習院・華族女学校等):明治天皇より2度文部大臣に推挙されている。
干城と土佐(誕生と死等)
干城と家(家族等)

 そして図録の中で、宮内庁書陵部編修課の小林和幸主任研究官は、「谷干城における『立憲』思想とその実践」と題して以下のことを述べている。

「・・・谷が最も非難するのは、国家を考慮せず『自己の野心に駆られて』政権に就こうとする者たちで・・・国家財政を抑え国民負担を軽減すること・・・『商工基礎の不確実』という認識・・・列強との戦争は日本の実力ではさけねばならない」とし、

日英同盟を批判、日露戦争についてもロシアとの協調主義を主張した。

「また谷の議会活動は、年来の持論である『王道論』に根ざした愛民的色彩も帯びており、日清戦争後の地租増税に反対する民力休養論や『足尾鉱毒事件』に対して政府の保護を求める活動も議会を中心に行われ・・・

『王道論』と本質的に一致する『真の民権』(言論自由、政費節減、自治の確立)による『真正の立憲政治』を確立させ『真政党』の成立も促すということに全精力を費やし・・・何より貴族院の活動を活性化させ・・・二院制議会を実効的に機能させることに大きな役割を持った・・・」。

 また、同じ図録の中で、高知大学の福地惇教授は、「立憲政治と谷干城」と題して以下のことを述べている。
 
「・・・谷は、同氏らと計らい言論活動を展開、二十三年の議会政治開始に備えた。新聞『日本』の発刊は谷の支援に負うところが大きかった。主筆陸羯南の欧化主義批判、日本主義による鋭い政治評論は当時の知識青年層に大きな影響を与えた。谷は在野政治勢力の民権系からも反民権系からもその言動を期待された。・・・天皇は谷が枢密顧問官に就任するよう希望されたが谷は辞退した。
彼の次の目標は議会政治の場における正々堂々の政治活動だったからである。事実、谷は明治二十三年七月の最初の貴族院議員選挙に子爵として高得票で当選以降、没年まで当選し続け、貴族院で影響力ある特異な論客として政界に重みを持続した。その政治活動の基軸は『王政維新体制』の確立であった。谷の藩閥情実政治批判、地租軽減論、勤倹尚武主義の国防論は、政局の要所で異彩を放った。」                                           しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2007-09-17 16:34 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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