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陸羯南生誕百五十年・没後百年の記念イベント参加

 9月1日午前:たかぎ主筆、やまだ氏、ささはら氏とともに、午後からの弘前文化センターで開かれる掲題のイベント「講演会・フォーラム」に備え、青森県近代文学館に於いて、9月9日迄の企画展「陸羯南と正岡子規」を観て予習を行った。
 
 ただし、前日の夜遅く青森入りした一同は、「りんご茶屋」というお店で聞いた「津軽三味線」の残響が頭の中で鳴り響いてはいたが・・・。

 午後、青森⇒弘前文化センター移動

・同日午後3時から、神奈川大学教授復本一郎氏による講演「陸羯南と正岡子規」
・午後4時10分からフォーラム「人間 陸羯南」
 を、一同拝聴(なお、会場は満席で立ち見の方が多く見られた)。

 復本教授は、子規が新聞「日本」の文芸欄で短歌革新運動を展開し続け、必ずしも全面的に短歌観が一致していなかった羯南が、これを認めたこと、及び生活の面倒まで見ていた寛大さを高く評価していた。

 また、シンポジウム(コーディネーター:前述の復本教授)では、

1)松山市立子規記念博物館の竹田美喜館長は、子規は、陸羯南のお陰で、新聞「日本」というマス・メディアを通じ(3回目から1面掲載)、古今集に始まる旧派を批判。子規は新派の論陣を広く形成出来、松山では皆、陸羯南に大変感謝していると絶賛した。

2)地元出身のルポライター・鎌田慧氏は、津軽人を「意地っ張り」で、「負けず嫌い」だが、「義侠心」に厚いと分析。陸羯南は、独立不羈(independent writer)の立場に立ち、世論をリード、国民の啓蒙・啓発に努めたと述べた。そして現在の新聞が、ややもすると世論の後追いをしているのでは、と疑問を呈していた。

3)九州工業大の本田逸夫教授は、陸羯南を、①文章・文才が素晴らしい(文章が簡潔で、作為がない。)②リベラル〈自由闊達、他者へ寛容)③視野が広い(和漢、西洋思想の才あり)④理想・信念がある等と分析した。

 9月2日は、朝6時半から、たかぎ主筆の案内にて、陸羯南ゆかりの地を巡った。即ち、狼森鷲ノ巣(おいのもりわしのす)にある「名山詩」or「厳城の詩」碑 * ⇒ 孫文に協力した山田良政顕彰碑(貞昌寺) ⇒ 津軽藩主の菩提寺である長勝寺 ⇒ 津軽藩洋学の祖・佐々木元俊および息子海軍「千島」艦軍医長佐々木文蔚の墓(宝泉院) ⇒ 中田家菩提寺(月峰院) ⇒ 陸羯南生誕の地 ⇒ 郷土文学館・図書館を精力的に巡った。

 *名山出名士 此語久相伝 試問厳城下 誰人天下賢
(名山 名士ヲ出ダス/此語 久シク相伝フ/試ミニ問フ厳城ノ下/誰カ人天下ノ賢ナルゾ)
意味:「名山の見える土地は素晴らしい士を出すという。このことばが世に行われて久しいが、しかし試みに問うに岩木山の秀峰を見るこの弘前城下から一体どんな天下の賢がでたろう。」(司馬遼太郎「北のまほろば」)


 そして最後に司馬遼太郎が1995年1月「街道をゆく41『北のまほろば』」で取材した石場家(重文)を尋ね、今回の旅行を締めくくった。 

 なお、今回のイベントに参加して感じたのは、 会場が満席であったように、地元の方の関心の高さと、これが一過性のものに終わることなく、このイベントをキックオフとして更に陸羯南の研究が進み、日本国の未来への方向性の指針として、陸羯南研究を活用して欲しいということである。                        しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2007-09-02 19:43 | 紀行 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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