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新聞「日本」の発行部数低迷要因

 有山輝雄先生の著書(「徳富蘇峰と国民新聞」及び「陸羯南」)から新聞「日本」の発行部数の伸び悩み要因を探ってみる。

 新聞「日本」の発行部数は、明治26年(1893年)6,510千部/年(シェア6.1%)⇒明治32年(1899年)4,205千部/年(シェア2.1%)となっている。主要紙の順位も第5位から第11位(最下位)と低迷している。

 この要因を東京の新聞購読料・広告料及び頁数から探ってみると、下表のとおりである。

 即ち、新聞「日本」の購読料は、高級紙的性格を有する「時事新報」に次いで高いグループに属していた。広告料も、「東京朝日」、「万朝報」とともに最も高い。

 一方で、新聞「日本」の頁数は、最も多い時事新報の半分であって、万朝報に次いで少ない。

 また、明治30年に改革を断行した「国民新聞」と新聞「日本」のみ、知識水準の高い読者層に限定しようと、振り仮名を付けていない。

 因みに、大衆化路線を指向していた「万朝報」の同期間の発行部数は、9,077千部/年(シェア8.6%)⇒34,995千部/年(シェア17.3%)とトップに躍り出ている。

 今風にいえば、CS(顧客満足度)指向ということであろうか? 


東京新聞購読料・広告料(1897年9月現在)
                    〈金額単位:銭)
      購読料 広告料 頁数
日   本  40   25   6
時事新報  50   20  12
国民新聞  40   15   8
東京日日  40   20   8
毎日新聞  40   20   8
報知新聞  35   18   6
読売新聞  35   17   6
東京朝日  33   25   8
万 朝 報  25   25   4


 なお、拡販戦略にとって重要な新聞売捌所の争奪戦、地方への拡販でも有効な手を打てず、一方、他紙がコスト削減の観点から実施した月曜休刊については、「無休刊体制維持」を宣言している(月曜日の「日本」は他紙と同様火曜日に配達されたため一日送れとなった)。月曜休刊を行わない理由は、「社の経済に利する所あり 然れども新聞紙は単純の商品に非ず」ということだそうだ。                      しぶさわ

 
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by kuga-katsunan | 2007-08-19 01:35 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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