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谷干城遺稿より(日記ー4) 

 引き続き、「谷干城遺稿 二」〈日記部分)より拾い読みを続ける(解説は有山輝雄著「陸羯南」他による)。

 明治22年7月7日
「晩に杉浦、高橋、福富、陸、弘田、佐々、小野氏等来る 新条約に対する意見を定むるなり 確固反対と定む」*

*この新条約(条約改正)とは、幕末に幕府が欧米諸国と結んだ不平等条約の改正のことであり、関税自主権の獲得と領事裁判制度の撤廃からなる。明治20年まで井上馨外務大臣が、欧化政策(鹿鳴館・法典編纂など)を採り、法・税の一部回復を目指した。谷は井上の改正案に反対し、農商務大臣を辞任している。井上の後の外務大臣が、大隈重信であり、法権に関して外人判事任用を大審院限ることとし、明治21年メキシコとの間の条約締結に成功した。これに対し、外人判事任用は憲法違反であるとの世論が高まっていた。

 谷干城を中心に乾坤社メンバー、陸羯南ら集まり、新聞「日本」は条約改正反対論を明確に打ち出すこととなった。重要問題については、谷干城を中心に合意されていたようだ。*

*反対運動は高まりを見せたが、明治22年10月18日、大隈重信は、福岡の国権主義の結社である玄洋社社員来島恒吉に爆弾を投じられ重傷を負い、黒田内閣は総辞職。条約交渉は失敗に終わっている。

 一方、条約改正反対運動も目標を失い、谷干城は、広範な連合は諦め、「国民主権者」の結集を維持しようとした。

 明治22年12月25日
「・・・夜三浦、浅野氏等を始め杉浦、高橋健三、中村弥六、柴、荘、国友、国府寺、千頭、宮崎、福富、陸氏等来会各地の国民主義者の為目標を建つることに評議す篤と評議の上明年一月十日頃迄に決することと為す」

 陸羯南は、党派結成には消極的な考えで、新聞「日本」の役割を〈理〉にたった「批評」に限定し、これこそが独自機能であるという立場であった。                            しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2007-08-04 15:22 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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