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谷干城遺稿より(日記ー3)

 引き続き、「谷干城遺稿 二」(日記部分)より拾い読みを続ける(解説は有山輝雄著「陸羯南」による)。

 明治22年2月11日、「大日本帝国憲法発布」および「紀元節」にあわせて新聞「日本」が創刊された。

 この日の谷干城の日記には、「森(有礼・初代文部)大臣(43歳)、刺客(山口県出身の国粋主義者・西野文太郎)に遭たるの風聞あり・・・神廟(伊勢神宮)へ不敬をしたることに淵源する趣(伊勢神宮不敬事件=真犯人は不明)・・・生意気なる洋学者の膽を寒からしむるに足るべし・・・明治の史に大特書の事件というべし・・・」とある。

 同年2月15日、羯南が主筆として、社員を代表して挨拶をした江東中村楼での創刊の宴会について

 「・・・日本新聞社の案内により中村楼に行く 佐々木高行、浅野長勲、井田譲氏等来る 会するものとて260~270名なりという 誠に盛会なり 十時頃帰る」とある。

 ただ、羯南は言論の全権を持っていたわけではなく、杉浦らの監督を受け実務を担当する立場にあったようだ。

 更に翌日の2月16日、
 「・・・午後零時30分頃より森氏の葬儀のため青山墓所に行く 盛なる葬儀なり・・・太廟に不敬というを以って刺殺せらるる森氏の末路 実に人間不幸中の大不幸なり・・・

 人またこれを冤罪なりと言うものなし 却ってこれを神罰というもの多し 古人いう民の好む処は之を好むと 是れ人は勉強せねばならぬものなり 

 己れ好まずとて人の好み大切にする所の物を軽蔑するは其人に対して不敬なり 寺に行けば寺に敬礼し 社に行けば社に敬礼するは猶、人の家に行き、其の主人に敬礼するのと同理なり

 況や我が君と仰ぎ奉る皇室の御祖先様に対し、奉り帽をも取らず土足にて社階に登り、杖にて御簾をはね揚ぐるが如き挙動あらば、誰か其の不敬疎暴を尢めざらん 

 況や教育の大任を受くる人に於いておや 

 余思う、森氏決して悪人にあらず、又故意に為せしものにあらず 畢竟率直にして敬愛の念に乏しく 偶然にこれに至りしなるべし  是れ身を誤るの語源となれり」   とある。

 至極もっともなご意見であり、余り同情していないようだ。  しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2007-08-01 22:52 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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