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羯南 終焉の地

  <鎌倉別荘物語>(島本千也、私家版、1988年)という本がある。鎌倉に別荘をもった人々のエピソードを綴った作品だが、その中に羯南も紹介されている。

  <極楽寺に没した明治期の言論人>とされているのだが、彼の<浦とま屋>は当時の住所で<極楽寺561番地>、島本氏が明治期の別荘所有者の資料を調べたところによれば、所有者は<陸四郎>となっていたという。四郎は長男に夭逝された羯南が妻の兄の四男を養子にしたもので、羯南亡きあと継母と七人の義理の姉たちをよく面倒をみたと言われている。羯南の四女ともえが、高松亨明(弘前大学名誉教授、<陸羯南詩通釈>の著者)氏に会った時に言っている。

 「四郎が父の養子になった時は、まだ分別のつかない少年の頃で、今考えると可哀そうなことをしたもんだと思いますよ。でもね父の没後も色んなことがありましたが、四郎は本当によくやってくれましてね。」(陸羯南全集月報10、みすず書房 1985年4月)  

  羯南はこの場所の見取図を描いている。極楽寺村字姥ケ谷と書かれており、海の前に<洋人二三の別荘>を挟んで森に囲まれたあたりだったようで、そのうち一つは後に有島生馬の別荘になったということで、今でも海岸べりに有島の表札のかかった別荘がある。

 ではその有島家の別荘から高台を見上げてみると、江ノ電の線路をはさんで、いかにも現代的なログハウスが並んでいる。羯南自身も<松風濤声の外耳に入るものなし>と言っているように、当時は静かな海浜の別荘地帯のはしりの場所であっただろうが今となっては往時を忍ぶ縁もない。

 四郎は晩年姉の何人かと葉山に住んでいたという。今は染井霊園にある父の大きな墓のかたわらで、静かに眠っている。彼は、朝倉氏、大谷吉継、酒井家が治めた敦賀藩士の末裔であった。

たかぎ

  
 
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by kuga-katsunan | 2007-06-10 22:04 | 紀行 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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