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亡友 福本日南  

 <亡友福本日南>と題する文章が、日本及日本人の第817号(大正十年九月十五日発行、政教社)に掲載されている。

<大正十年九月一日の夜、福本家から電語がかゝつて、主人病気重態との報知があつた。翌早朝急いで同家を訪うたら、東洋医院(原宿)に療養との事であるから、直にその方に赴いた。令息令嬢たちが居られた。挨拶も早々に病室に臨んで見たが、早や人事不省で看護婦数名が取囲んで居るばかり、何と言ひやうもない。悲惨落胆、涙を呑んで退いた。令息栄君の語る処に依れば、八月廿七日に発病で、一時良かつたが、昨日より急にこの状態だとの事で、何とも為ようがない。自分は三月の中旬に君を訪うた。その時は彼の千葉県下講演中卒倒後一時恢復した時で、机に倚つて何か執筆中であつたが、相変らず快活に話して、「日本人は大抵は医者の心得がある。自分が病気で居ると、諸方から種々の薬をくれる。いろいろの療法を教へる。誠に嬉しい」などゝ語り、「未だ手が十分でなくて万年筆で物を書いて居る」とて机辺にある西洋紙に、

  ふるさとのはるや如何にと思ひ寝のまくらに匂ふ楳の初花

といふ歌を書いたのを貰つた。その後自分は九州に出張し、夏は東海道方面に旅行し、所々で君の事を問はれたこともあつたが、全快近きにあらんと答へた位であつた。然るに今この状態、実に何と言ひやうもない。さて別れて帰つたが、程もなく同日午後三時に遂に永久不帰の人となつた。嗚呼何といふ事であらう。>

  この文章を書いたのは、池辺義象である。熊本の人、池辺三山の一族の一人でもある。
池辺一族の皆さんが作られているHPの中で義象の履歴は以下のように紹介されている。
<文久元年(1861)熊本生まれ、大正12年(1923)歿
 国文学者・歌人・法制史家。東京帝国大学古典講習科を卒業。
 明治23年第一高等中学校教授(現在の東京大学教養部)。
 31年フランス留学、帰朝後京大講師。大正6年御歌所寄人。
 主な著書に「日本法制史」「新撰日本外史」「古事記通釈」など。>

彼も落合直文とともに、新聞日本に詩歌をよせている。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-06-06 23:31 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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