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落合直亮の生徒たち

高尾山の小仏関跡には、落合直亮兄弟の碑がたっている。

高尾山の案内によれば、
<落合直亮、落合直澄兄弟は、関守の家に生まれた。兄の落合直亮は、国学者相楽総三に感銘し、家督を弟の直澄に譲り、幕末の尊攘運動に身を投じた。薩摩屋敷浪士組の副総裁となり、関東の錯乱計画を実行した。幕府は、これに激怒し、その報復として薩摩屋敷を焼き打ちし、これを発端として幕府と薩長連合の鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争へと発展したといわれる。
その後、相楽総三が新たに結成 した赤報隊は、偽官軍に仕立てられ、指導者は捕らえられて下諏訪で処刑された。相楽総三の無残な死を知った落合直亮は、この策謀者である岩倉具視を殺害しようと押し入るが逆に岩倉に諭され、その人望に忠誠を誓う結果となった。明治元年(1868)落合直亮は、伊那県判事、三年後に伊那県大参事に昇進したが、翌四年に冤罪で失脚。>

 その後、落合直亮は、仙台の神道中教院学院(国語学校)で教鞭をとっていた。その時の生徒に国分青厓がいた。

 いわき市の郷土史家である柳内守一氏の著書<愚庵物語>の中に

<明治6年、落合直文がまだ鮎貝亀次郎といっていた頃のことです。仙台の中教院で落合直亮の講義を国分高胤(青厓)、天田五郎(愚庵)らと机を並べて聴講していたときがありました。それ以来、三人は仲の良い友達なのです。鮎貝は、才能を認められ、仙台藩士を遠祖にもつ落合直亮の養子となり、落合直文と名乗ることになりました。>
(柳井守一 <愚庵物語> 平成15年6月 天田愚庵没後100周年記念事業実行委員会)

 羯南と愚庵の間にたったのは、国分青厓であり、落合直文も、新聞日本に書くようになる。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-06-06 22:36 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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