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国粋ということ  福本日南

 国粋という言葉には、あまりいいイメージはない。

これは多くは太平洋戦争およびそこに至る過程で、この言葉を振り回して多くのものを弾圧してきた歴史があるからで、戦後、今も戦後かどうかは議論もあるところであるが、は、どうしてもそのアレルギーをひきずっているのだろう。

 では、羯南たちの時代の国粋、とはどんなものであったのだろうか。
明治日本というのは、侵略されないためにはどうすればいいのか、と考えられた末にできあがってきた体制であり、またその独立も常に脅威のもとにおびやかされつつあった国家であったといっていいだろう。その脅威、危機意識は並外れたレベルであったし、今が平和ボケの時代であるとすれば、当時は全くその対極にたつ国際環境であった。

  福本日南は、福岡藩士の長男として安政四年(1857年)に生まれ、明治九年司法省学校に入学、ここで羯南、加藤拓川、国分高胤、原敬らと同級になった。明治十二年の賄征伐に連座して退学した。<普通民権論>などの著作をあらわし、北海道開拓事業の失敗などもあったが、羯南の東京電報の発行から記者として参加、日本の発行にも当初から重責をにない、一時期、日本の社説は、羯南、三宅雪嶺、そして日南の三人で曜日を決めて、順番に書いていた。

  広瀬玲子氏に<国粋主義者の国際認識と国家構想>(芙蓉書房出版、2004年一月)という労作があるが、この論文で福本日南を中心に同時代のいわゆる<国粋主義者>たちの国家と国際観を語っている。

  ここで述べられている<国粋主義>とは、

<彼らの主張に共通するのは、それぞれの国・国民が有する優れた特性・個性(これを彼らは国粋と称した)を発揮することが世界文明の貢献につながるとしたことである。
(中略)
このように国粋主義は日本の文化的・民族的独自性についての自己主張のあらわれであったが、決して独善的・閉鎖的なそれに陥ることなく、むしろ世界に向かって開かれた「健康なナショナリズム」「発展途上の上昇期のナショナリズム」としての性格をそなえていたとされる。>

(広瀬玲子 <国粋主義者の国際認識と国家構想、芙蓉書房出版、2004年)

  この語感の違いに、まず驚かされるのは、私だけではないと思う。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-04-15 16:02 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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