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日本新聞社の位置

  先日、陸羯南研究会経営分科会を毎日新聞社で開催した後、折角なので日本新聞社のあったあたりに行ってみようという話になった。

  日本新聞社は、旧住所でいうと東京市神田区雉子町32番地にあったという。
講談社版の子規全集の月報の中に<日本新聞社の位置>と題する一文があった。(子規全集月報22(3巻),講談社,"1977,11)

 <日本新聞社の位置,神田区雉子町32番地,団団社の社屋,青ペンキ塗りの明治の初めにできたという木造の洋館,31番地は宮本仲宅,淡路町2丁目から佐柄木町21番地,雉子町30番地を靖国通りが貫通,淡路町交差点よりやや九段寄り,宮本家は小川町1丁目>

  文中の団団社は、明治初期から続いた<団団珍聞>を発行していた社屋で、日本はその社屋を譲り受けた。余談だが、<団団珍聞>は、実に面白い雑誌で、これはこれでじっくり読み込んでみたい作品が並んでいる。

  当然当時の洋館はあとかたもなく、今はそれとおぼしき場所にはビルが立ち並んでいる。当時は政友社もこの裏手にあり、人の行き来も盛んで、壮士風の人々の出入りも盛んだった、という。日本新聞での議論が高まると向かいの牛鍋屋に席を移して、談論風発夜が明けるまで続いたという。この雰囲気を伝える文章はないだろうか。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2007-02-25 20:55 | 紀行 | Comments(2)
Commented at 2007-02-26 12:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ささきとしのり at 2008-08-27 23:37 x
貴研究ページを興味深く拝見いたしました。佐々木元俊、文尉のことがインターネットに乗っているのか検索して貴ページにたどりつきました。貴欄の充実ぶりに目を見張るものがありますが、一点気になる点がありましたので、書かせていただきます。「佐々木文尉は元俊の子息」という記載がありましたが、文尉は正確には元俊の子息ではありません。親類関係にはありますが、直列関係ではないことが家系図から明らかです。以上、僭越ながら一筆コメントさせていただきました。
<< 海軍軍医佐々木文蔚 <羯南と篤麿>“近衛篤麿日記”... >>




明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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