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<羯南と古島一雄>(85) 私立大学評判記(その74)

 今回は引き続き「私立大学評判記(十四)慶応義塾寄宿舎」である。
 古島一雄は以下のように続ける。

 「此寄宿舎が如何に完備の体を備ふるやは其階上を寝室となし其階下をを自習室となせるにても知らるべく。寝るには寝台あり。読書には椅子卓子あり。夜は電灯を点じて光を取るべく冬は蒸気を送って暖を取るべし。」

 寄宿舎は2階建てであり、2階にベッド、1階にはイス、机が備えられ、夜は電灯が灯り、冬も暖房設備が整っていた。学生が主体的に勉強できるようになっていた。
そして「寄宿舎に於ける規則は左の如し」として次のように記載されている。

 「起床 午前五時半
 朝餐 同六時半-七時半
 昼餐 正午十二時-午後一時
 晩餐 午後四時半-五時半
 門限 同七時
  但土曜日は午後八時
 自習 同七時-九時
 点検 同九時十分
 寝室消灯 同九時二十分
 自習室消灯 同十時」

 朝は早く、食事は3食付き、夕食時間が午後4:30~5:30とこちらも、消灯時間の午後9:30、10:00も、現在の感覚では早すぎるだろう。
そして、以下の内容から勉学の様子が伺える。

 「即ち午後七時より九時に至る自習の時間は、復習下調べを為すべき必要の時間にして普通部の一年生は特に大広間に於いて其後半の一時間を舎監が講話に面白く喋りつつゐるなり。其他修養機関には新聞クラブあり、演説討論会は毎土曜日の夜に開かれ、殊に其の討論会は所謂擬国会の元祖として誇る所なり。」

 熱心に学んでいた様子がわかる。舎監は卒業生が勤めた。舎監の話が面白かったとあるが、実は舎監にとっては講話が大変だったようだ。

 新聞クラブについては、「ここでは東京、大阪その他各地の諸新聞雑誌のうち修養に資すると思われるものを備え付けて舎生の閲覧に供していた」(『慶応義塾百年史中巻(前)』)ようである。

 また、演説討論会は三田演説会依頼の伝統でもあり、「普通生部と大学部生とが入り交じって大気焔を吐いたありさまはなかなかの偉観であった」(同上)とある。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2015-05-27 09:33 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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