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閔妃暗殺を読んで⑤

 角田房子著、「閔妃暗殺-朝鮮王朝末期の国母」によって、三浦梧楼が閔妃暗殺を決意するに至った日本の事情等についてみてみたい。

 朝鮮は1876年に日本との間に日朝修好条規を結び、その後順次欧米諸国にも門戸を開放していった。

 一方日本は、朝鮮へ国権拡張を企図していたが、欧米諸国の朝鮮への利権獲得競争は、激しさを増していく。

 このような中、日清戦争(1894年7月~1895年3月)の勝利によって朝鮮での優位性を確保したはずの日本は、その後の三国(仏、独、露)干渉によって、朝鮮における立場が悪化していった。

 具体的には、以下のとおりであり、閔妃暗殺(1895年10月8日)後でも欧米列強の朝鮮進出は止まらず、日本の朝鮮における立場は一層厳しくなった。

1)1896年3月、京仁鉄道敷設権 アメリカモールスへ
*1894年日朝暫定合同条款によって日本に許可されたものを、朝鮮政府が勝手にアメリカ人に売却したものである。その後日本が譲受し、1900年京仁鉄道合資会社(社長:澁澤栄一)によって完成している。

2)1896年4月、威鏡北道慶源鐘城鉱山採掘権 ロシアへ

3)1896年7月、京義鉄道(ソウル=義州)敷設権 フランスへ
 *1905年、日露戦争の物資輸送のため、日本によって開通している。

4)1896年9月、茂山・鴨緑江・鬱陵島伐木権  ロシアへ

5)1897年3月、江原道金城郡堂峴金鉱採掘権 ドイツへ

 井上馨に代わって、在朝鮮公使となった三浦梧楼(1895年9月1日着任)は、着任以前から、日本の各界から朝鮮へかける期待に応えるのは、(ロシアへ傾倒を深めている)閔妃暗殺以外にないと心を決めていたという。

 なお、韓国のKSB・TVドラマ「明成皇后」では、伊藤博文が暗殺を指示(黙認)しているような筋立てになっている(第121話)が、角田氏は「伊藤博文が、閔妃暗殺を企てたとは考えられない。閔妃暗殺事件と日本政府との間に直接の関係はない」といっている。

しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2015-03-25 23:20 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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