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羯南の遼東半島足跡を辿る(旅順②)

 われわれ研究会一行は、東鶏冠山北堡塁、一戸堡塁、望台砲台、水師営、高崎山、203高地、白玉山などを一日で駆け抜けた。
 本稿では、まず、『坂の上の雲』(文庫本)の日露戦争・旅順に関する記述(文庫本(4);「旅順」、「旅順総攻撃」、同(5);「二〇三高地」、「水師営」)に基づき概要をまとめてみた。

 1)旅順攻略の目的
 日本陸軍にとっては、当初旅順攻略は主目的ではなかった。しかし、海軍の要請(バルチック艦隊が日本に到達する以前に、ロシア旅順艦隊を陸上部からの攻撃によって全滅させること)および陸軍にとっても海上輸送の安全性を確保するとの観点から、第三軍(司令官:乃木希典)が旅順攻略をおこなった。

 2)旅順攻略に関する日露両軍の投入戦力と人的損害
            日本軍         ロシア軍 
投入戦力      100千人 (注1)    35千人
死傷者      60,212人         18千人
戦死者      15,400人        2~3千人
 

 3)攻略経過
(1904年2月24日、3月27日、5月3日に第1~3次旅順口閉塞作戦
       (延べ21隻)実施)
1904年
8月15日 高崎山(164高地)占領(第1師団)

8月19日 第1回総攻撃(日本軍死傷者15,800人)
8月24日 第6旅団(旅団長:一戸兵衛少将)望台砲台に達する
       も反撃激しく、また撤退命令を受けたため退却(注2)

9月19日 第2回総攻撃(203高地も攻撃)
10月26日 第3回(第2回ともいう。)総攻撃
10月31日 第6旅団、一戸堡塁(P堡塁ともいう。)占領 

11月26日 第4回(第3回ともいう。)総攻撃(含む白襷隊)
11月27日 乃木将軍、攻撃の力点を203高地へ変更 
12月 4日 203高地へ28cm榴弾砲による集中攻撃
12月 5日 203高地占領

12月15日 コンドラチェンコ少将、東鶏冠山北堡塁内で戦死
12月18日 東鶏冠山北堡塁占領(第11師団)
12月28日 二龍山堡塁占領(第9師団)
12月31日 松樹山堡塁占領(第1師団)

1905年
 1月 1日 望台砲台占領(第11師団)、ロシア軍降伏

 (注1) 第1師団(東京)、第7師団(旭川)、第9師団(金沢、この中に一戸
     少将率いる第6旅団あり)、第11師団(善通寺)
 (注2)文庫本(8);あとがき四
                                      (つづく)
    しぶさわ
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by kuga-katsunan | 2013-07-25 22:53 | 紀行 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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