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<羯南と古島一雄>(63) 私立大学評判記(その52)

 今回は「私立大学評判記」を離れ、私立大学の経営の本質についてのひとつの見方を述べてみたい。

 これまでの記述のように鎌田栄吉と門野幾之進の抗争や法律部の改革があったにもかかわらず、慶応義塾の経営はビクともしなかった。その理由は、明治30年代に学生数が破竹の勢いで増加したからである。(詳しくは本稿第52、53回をご参照ください。)

 そもそも授業料の徴収という方法を日本で最初に行ったのが福沢諭吉である。慶応にとって授業料収入こそが専任教員を養い、かつ経営を支えるすべてであった。

 私立大学にとっての最大の経費は当時も現在も人件費である。ただ現在は私学助成金が存在するので、当時は現在以上に人件費の割合が大きく、またその国庫補助もなかったわけで、台所は常に火の車であった。それゆえ多くの私立大学、特に法学系は、校舎が借用のため、専任教員をまったく持たず、非常勤講師のみで、夜間にパートタイムの教育を行っていたのである。

 ちなみに、法政大学の前身である東京法学校の教員は、司法省勤務等、他に本職を持つ人が多く、しかも無報酬であった。
 
 しかし、専任教員をかかえていたのが、慶応であり、あともうひとつが早稲田の2校のみであった。私立大学が永続的な組織として発展をとげるためには教育と研究活動への安定的な担い手となる教員が必要であり、そこに注力したのが、慶応であり、早稲田なのである。だからこそ慶応と早稲田は、他の私立大学より抜きん出ることができたのであった。

 やはり私立大学経営の本質は、“教育”であり、その中心を担う教員の力量なのである。
 (参考:天野郁夫『大学の誕生(上)』中央公論新社2009年)

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2013-02-23 09:22 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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