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旧上伊那図書館所蔵 新聞日本

  青森の羯南会の関係者でもある東奥日報の方から、新聞日本の所蔵情報をお教えいただいた。

長野県の旧上伊那図書館に日露戦争期間の新聞日本が所蔵されているという。

 以下は頂戴したメールのご紹介。

 「旧・上伊那図書館
(上伊那教育会が昭和5年に設立した財団法人の図書館でH6まで伊那市立図書館でもあった)収蔵。

  日露戦争期、明治37年1月から明治38年12月までの日本新聞社「日本」を綴じて合本したもの。
  
  この時期の発行人は陸羯南と共に正岡子規逝去後に「子規言行録」を編んだこともある小谷保太郎という人。

   日露戦争実記(日本新聞合冊)
第一巻 M37.1.1-3.31 開戦
第二巻 M37.4.1-6/30 汽航全州丸及常陸丸の惨事
第三巻 M37.7.1-9.30 大山総司令官出発 旅順背面攻撃
第四巻 M37.10.1-12.31 露国東洋艦隊全滅 海軍司令長官東郷大将帰国
第五巻 M38.1.1-3.31 陸軍大激戦大勝 旅順開城並奉天付近会戦
第六巻 M38.4.1-6.30 日本海大海戦敵艦全滅 米国大統領講話勧告公表
第七巻 M38.7.1-9.30 平和克復 国民大会 国民憤慨 日英同盟
第八巻 M38.10.1-12.31」


  この建物は建築としても貴重なもので、ブログで紹介されていらっしゃる方も多い。

市の指定、有形文化財で、洋風建築、平成 20年8月27日に指定された。1930年(昭和5)の建築で、伊那市荒井3520にある。
床面積1,330.13平方メートル、鉄筋コンクリート造(一部木造)、4階建、
文化財概要によれば、

「昭和5年に完成した建物で、当時の長野県内において鉄筋コンクリート造に実績のある黒田好造が設計し、岡谷組の施工によって建てられた。

大正末期から昭和初期の思潮を良く反映した近代建築である。

外壁には地元高遠焼きのテラコッタタイルが使用されるなど、貴重な昭和初期の洋館である。実業家・武井覚太郎の厚志によって建てられた」

  伊那は、新聞日本出身の画家、書道家の中村不折の故郷である。

 今年は、不折の没後七十年にあたる。

亡くなった昭和18年は、言うまでもなく太平洋戦争中である。

 不折は根岸の羯南の旧宅の向かいに住んでいたが、この辺りは昭和二十年五月十三日の空襲で焼失した。

 羯南の旧宅もその隣家の子規の旧宅も、そして向かいの不折の旧宅の大部分も焼失した。

羯南の次女と結婚した鈴木虎雄も今年没後五十年になるが、その空襲による焼失を嘆き漢詩を読んでいる。

  「陸羯南先生故宅

    二十一日作 乙酉五月十三日夷機来襲

    東京羯南先生故宅及子規庵皆帰灰燼

    故宅在下谷区上根岸八十三番地

    子規庵在隔隣南鶯横町


  鵲去鳩来憾有餘

  子規庵北臥龍廬

  蓮池竹塢成焦土

  不滅文章照劫壚  」
  

  伊那の諸氏は故郷出身の中村不折の活躍を読んだのかもしれない。

  日本画報の前身である日露戦時旬報も諏訪の図書館で見つかった


  桂湖村、鈴木虎雄の故郷である新潟の図書館にも新聞日本が多く所蔵されているという。

たかぎ
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by kuga-katsunan | 2013-02-10 08:27 | ニュース | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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