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<羯南と古島一雄>(57) 私立大学評判記(その46)

 今回から「(十七)慶応義塾大学部(二)門野氏対鎌田氏の争い」である。前回が明治36年11月18日で(十五)となっているが、今回の11月19日は、(十七)となっており、第16回が抜け一つ飛んでしまったことになる。こういうことがあったとは、あんがい当時はいいかげんだ。

 さて本題に戻ろう。古島一雄は、門野幾之進と鎌田栄吉の人格を比較し以下のようにまとめている。

 「天は二物を与えず門野氏の学問には異常の大才を付与しながら、其局量には又非常の偏狭を以てしたり。故に学問ある偏狭者の通有性は門野氏も亦之を免る能はず。善き意味よりしては一種の傲骨漢と称せられ、悪しき意味よりしては一種の偏狭者と罵らる」

 そして、門野が排斥された原因を次のように紹介する。

 「傲骨の人動もすれば人を凌ぐ。人を容るる能はずして人を凌ぐ。是れ氏が福沢の一問に憚られたると同時に同輩の人望を博する能はざりし所以なり」

 一方、鎌田については次のように述べられている。

 「之に反して鎌田栄吉氏の人と為り茫々乎として平々然たり。其何でもウンウンと引受くる所頗る大量なるが如く。其何事にも無頓着なる処太た寛容なるが如く。休日に気付かずして学校へ出で、其人なきを見てストライキと誤るが如き、馬鹿気たる愛嬌もあれば、高等教育会議に出でては大風呂敷を広げて、列席の人を驚かす一人前の法螺もあり」

 さらに、鎌田の説明にニュアンスが損なわれないよう、少し長くなるが原文を引用しよう。

 「筆を把らば時事新報の記者たるに足るべく、口を開けば一人前の演説家たるに足るべく、殊に其風采の鷹揚として迫まらざる処、精悍の気を見るに足るものなしと雖も何となく長者の風あり。故に或者は見て以て凡物となし、或者は評して以て無気力と誹るものあれども、要するに是れ、悪気もなく、邪気もなく、気取りもせざれば気障りもなく『小幡さん』の只だ『小幡さん』なる如く『鎌田君』も亦た只の『鎌田君』たるに過ぎず。『小幡さん』は水を飲むが如く、可もなく不可もなく、鎌田君は時事新報の所謂る買薬を飲むが如く、毒にもあらざらんかなれども去りとて又た薬にもならず、従って人に憚られもせざれば嫌われもせず先生は見て以って『ヨイ男』となし、生徒は見て以て『ヨイ人』となし、友人は見て以て『アレ丈けの男』と為す」

 そして、古島は鎌田の評価を次のようにまとめる。

 「是れ鎌田氏が其の後輩たるにも拘はらず、其学力の劣れるにも拘はらずして塾長に挙げられたる所以なり。福沢氏が其晩年参考の為め新着の書を講せしむるや、学力ある門野氏にあらずして、常に鎌田氏に頼りたるを見れば、又た以て両者の福沢氏の於ける関係を推知すべし」

 このように門野は学問の才はあったが、偏屈者で人望がなかった。一方、鎌田は学問には劣るが、人格者として評価され人望を集めていたのである。
 さらにこの門野・鎌田騒動の顛末は続く。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2012-08-31 08:42 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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