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<羯南と古島一雄>(55) 私立大学評判記(その44)

 今回は引き続き「(十五)慶応義塾大学部(一)」である。

 古島一雄は、慶応義塾大学が明治23年(1890年)に大学部を開設して以来、この時期までの歴史を三つに区分する。それが創立時代、門野時代、新帰朝時代である。門野時代とは教頭の門野幾之進が全権を握っていた時代であり、新帰朝時代とは義塾出身の留学生が新たに帰朝して講師の中心となって活躍する、まさにこの当時のことであるとしている。 

 実は門野時代から新帰朝時代への変遷には門野と塾長の鎌田栄吉の争いがあった。これについては『慶応義塾百年史』にも詳細は載っていない。

 次に古島は門野時代の教育改革を紹介している。門野は創立時代からの専門の学部ごとに科目を設定した分科制を廃止し、さらに必須科目を最小限にとどめ、選択科目を多くした。具体的に門野時代のカリキュラムについて、第三学年は以下のようであった。

            一週の時間           
 必修科
  経済原理(西洋人)   四      
  経済史(西洋人)    四
  統計学         二      
  帝国憲法        三
 選択科
  外交史         二      
  貨幣論(一期)     三
  銀行論(二、三期)   三      
  民法 総則       三                   
  民法 物権       二
  刑法総論        二      
  英米法         二
  独逸語或は仏語     二
  (是は何れか必修)   
  英商用文例       一
  (今は英語なる時間中にあり) 

 必修科目が4、選択科目は9であった。経済原理と経済史の教師は外国人であったことがわかる。また、現在の小中高のように一週間に同じ科目が何度もある。

 ちなみにそれ以前は理財学部、法律学部、政治学部、文学部の各学部ごとにカリキュラムが設定され、必須科目がほとんどであった。以下に明治31年(1898年)の理財学部第三学年の内容を紹介し、上と比較してみよう。
 
            一週の時間           
  経済学原論       五      
  近世経済史       五
  帝国憲法        二      
  貨幣論         二
  民法要論        四 
  仏語独逸語(其一を選ばしむ)二
  英文演習        一

 門野時代のカリキュラムと比べ、受講できる科目が少なく、経済学原論や近世経済史は毎日、授業があったことがわかる。

 古島の当記事には門野の教育改革についての目的が不明であるので、そこを『慶応義塾百年史』で探ってみた。それは欧米の大学のように学生が科目を自由に選択できるようにしたいということであったが、その根底には以下のような門野の“思い”があった。

 「大学部を出た上は自由の独立の人間になるんでありますから、幾らか独立な働き、自由の意志というものを働かしてよいはずと思う。無理に何時までも子供のように強いるということは、適当な教育法ではあるまいと思う」(『慶応義塾学報』第20号、明治32年10月刊)

 現代では当然のように思われるが、1年でまた元に戻ってしまった。その様子が次回に続く。

 いしがみ
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by kuga-katsunan | 2012-06-28 10:39 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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