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桐生悠々と池辺三山

 桐生悠々といえば、信濃毎日新聞の主筆として新聞史に名前を残している。
 大正期のシーメンス事件、昭和初期の社説「関東防空大演習を嗤ふ」の二回にわたって、その座を追われた。
 自らの節に殉じる新聞人であったが、若き日々には、下野新聞、大阪毎日新聞、そして大阪朝日新聞と、あちこちの新聞社で腕を磨いた。
 彼は、二度目の主筆辞任の後に、個人雑誌「他山の石」を発行し、そこに、自らの半生を振り返る随筆「思い出るまま」を執筆した。

 金沢出身の桐生は、大阪の土地になじめず何とか東京で就職口がないものかと、郷里の先輩の帝大法学部の戸水寛人教授の紹介で、朝日の池辺三山を訪ねた。

  たかぎ
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by kuga-katsunan | 2012-06-10 06:40 | トピックス | Comments(3)
Commented by かぐら川 at 2012-06-17 19:29 x
はじめまして。子規と明治政治史に興味があり拙ブログにリンクさせていただいています。ところで、桐生悠々が戸水を介して三山を訪ねたと言う話ははじめて聞きました。これはいつのことなのでしょうか。大阪から東京から出てきたのは大阪朝日から東京朝日の東京通信部への転勤?ですから紹介は必要なかったと思うのですが。大阪毎日の時代のことでしょうか。ご教示いただければ幸いです。
Commented by kaguragawa at 2012-10-22 20:06
待っているのに残念ながらご教示はいただけないようです。
Commented by kuga-katsunan at 2013-04-21 07:56
大変遅くなり申し訳ありません。この話は、桐生悠々の自伝に出てまいります。大阪の水にあわず、大阪毎日時代に東京への転勤を希望していましたが、うまくいかず、朝日への転職のつてを探したようです。年譜とてらしてみると明治39年のようです。たかぎ
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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