羯南全集の第九巻の終わりには、羯南が<日本人>他の雑誌に発表した文章や、種々の本の序跋の文章が収められている。
東奥日報の記事の次に、
<活世界>
という雑誌の記事が掲載されている。
解説には
<『活世界』は北村三郎(川崎紫山)・佃信夫(斗南)・鈴木力(天眼)らが発刊した、国家主義的傾向に立つ雑誌である。>
とある。
天眼鈴木力は
<1867‐1926
明治-大正時代のジャーナリスト。
慶応3年7月8日生まれ。明治26年秋山定輔(ていすけ)創刊の「二六新報」の主筆となる。
35年長崎で「東洋日の出新聞」を創刊し、社長。
41年衆議院議員。
孫文の辛亥(しんがい)革命を支持した。
大正15年12月10日死去。60歳。
陸奥(むつ)二本松(福島県)出身。
本名は力(ちから)。
別号に独尊子。
著作に「小日本歟(か)大日本歟」など。>
(講談社 日本人名大辞典)
この雑誌は明治23年12月の発刊。
羯南は、<人物論>と題する文章を寄せている。
たかぎ