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七回忌青木彰を偲ぶ

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この研究会発足の直接的なきっかけとなった、青木彰先生の七回忌の集いが12月12日にあった。
当日の模様が、やはり研究会の一員である風間正人氏の取材記事として産経新聞に掲載されたのでここに転載したい。

「今の新聞界どう思う」遺影に語りかけ 
「今度会ったらけっ飛ばしてやる」。女優、佐々木すみ江さんが夫の遺影に向かって身をよじらせると、会場は沸いた。
 新聞界のご意見番として厳しくも温かい声援を送り続けた筑波大名誉教授、青木彰さんが亡くなって6年。産経新聞編集局長などを歴任し新聞協会賞を2度受賞、筑波大に転じると現場体験に基づく報道の在り方などの研究を続け、NHK経営委員や東京新聞客員などを務めた。
 産経時代からの盟友・司馬遼太郎さんとの付き合いも深く、平成8年2月、腹部大動脈瘤(りゅう)破裂で倒れた司馬さんを看取(みと)り、司馬財団立ち上げにも奔走した。現在放映中の代表作「坂の上の雲」の映像化をめぐって、亡き司馬さんに代わりNHKと交渉したのも青木さんだった。
 「入社試験の面接以来の緊張感。怖かったなあ、腕を組み口をへの字にした青木さんは」。NHK「坂の上の雲」エグゼクティブ・プロデューサーの西村与志木さんは明かした。難物だった青木さんも交渉を重ねるうちに支援者になり、「いい作品を」と固い握手を交わし数日後に息を引き取った。その際「うちのばあさん(すみ江夫人)を(作品で)使ってやってくれないか」と小さな声で頼んだという。「こちらから出演をお願いしたい大女優」(西村さん)である。二つ返事だったが、初めて聞くご主人の思いやりにすみ江夫人は照れ、「何も教えずに逝っちまって」「けっ飛ばしてやる」となったのだった。
 情も理もある青木さんらしいエピソードは、産経時代の後輩や大学の教え子らによっても披露された。だが激動期にある新聞界は今こそ、青木節を聞きたい。「彼ならどう思うか」(中江利忠・元朝日新聞社長)「もう一度語り合いたい」(桂敬一・元東大教授)。物言わぬ遺影に問いかけた。(風間正人)12月19日産経
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by kuga-katsunan | 2009-12-22 12:16 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
by kuga-katsunan
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