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<羯南と古島一雄>(18) 私立大学評判記(その11)

 さらに「(四)私立大学の勃興」が続く。 
 古島一雄は、明治36(1903)年3月の専門学校令の発布後、3つの法律学校が、以下のような動きを見せたと述べている。

 「法学院(現・中央大学)が、大学組織出願の報を得るや、其競争相手たる明治法律(現・明治大学)が一驚を喫したるは言う迄もなく、和仏(現・法政大学)も亦同時に車を文部省の門に馳せしめたり。」

 法律学校を代表する3校とも一斉に大学設置に向けて活動を始めたのであるが、そこには文部省の思惑があった。古島は次のように続ける。

 「文部省の狡猾なる、一日も早く一律の下に監督するの便且つ簡なるを見るより、先ず法学院の出願を歓迎すると同時に、明治、和仏の二校に示すに法学院の大学組織案を以ってし、暗に許可の意を仄めかしたれば、明治も和仏も之れを趁(お)うて直に大学の許可を申請したり。」※( )内は筆者補足

 すなわち、これは私学にとって、大学昇格への希望を常に持っていたゆえに思いもかけないチャンスと映ったが、同時に、私学が国の高等教育政策に取り込まれていくこと意味していた。文部省としては、自前で大学を増やしたかったが、大学増設には莫大な経費がかかるため、国家財政が逼迫していた当時では困難であった。
   
 それよりは、既存の高等教育機関に、特典を与え飼いならした方が、安上がりで時間を費やすことなく教育政策を推進できるのである。実はこれ以降、私学が数のうえでは高等教育を支えていくことになるのであるが、それは、戦後を通じ現在においても変わらず、日本の高等教育政策の特徴ともなっている。

 もちろんその背景には、明治30年代の進学熱の高まりがあった。しかし、その進学の意味は、現在と少し異なる。当時の私学はどのような存在だったのであろうか。それが次に述べてある。(つづく)   

  いしがみ
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by kuga-katsunan | 2009-08-31 20:36 | その他 | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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