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東京電報社員  松野徳之助

  ひょんなことから、東京電報の社員であった松野徳之助の追悼集を見る機会を得た。

<手むけ草>と題されたこの追悼集は、明治23年発行の私家版の小冊子。

  松野は、香夢楼緑(かむろみどり)のこと、と青森県立近代文学館の方に教えて頂いた。

同館の<青森県の作家>のデータベースには以下のように紹介されている。

「外国文学者。
家は弘前藩士で父は松野幹といい、弘前に生まれた。
本名を松野徳之助といった。
東奥義塾に学び、明治15年春、18歳の時上京。
大学予備門に入学し、18年本科に進んだが胸を病み、いったん帰郷。
21年再度上京。東京電報社さらに雑誌「出版月評」に転じた。
その間、山田美妙や尾崎紅葉らが組織した文学結社硯友社初期の同人となる。
雑誌「我楽多文庫」から「文庫」にかけて「作者身上話」として英国の歴史小説作家サー・ウォルター・スコットの略伝を連載し、また「ウヰリヤム・西エキスピーヤ翁伝」を書き始めたが再び病み、
22年夏帰郷、ついに亡くなった。
享年25歳。翌年3月、追悼文集『手むけ草』が出された。
    悼松野緑
  知らぬ間に松は折たり夜の雪  尾崎紅葉
  其夢の涙にさむる霜夜かな   川上眉山 」


 これまで日本新聞社の社員を中心に追ってきたが、考えてみれば、日本新聞社も一朝一夕にできたわけではなく、その前身となった<東京電報>がどうであったかも大きく影響している。

 東京電報は、羯南が、官報局時代の上司、高橋健三の肝入りで社主兼主筆としてスタートしたのだが、実態を形成した社員がどのようであったかはあまり知られていない。

 後援者、主要執筆者としては、谷干城、青木貞三、高橋健三、古荘嘉門、柴四朗、国友重章、杉浦重剛そして古島一雄らがあがってくるが、明確に社員としてあがってきたのがこの松野徳之助ということになる。

  たかぎ
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by kuga-katsunan | 2009-05-17 19:27 | トピックス | Comments(0)
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明治を代表する言論人・ジャーナリストである陸羯南の足跡を追う          昭和後期~平成におけるマスコミ界のご意見番・青木彰の弟子達による記録
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